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『他の奴らには言うなよ?』
先生は猫舌。
そんな小さなことだけど。
ふたりだけのひみつが嬉しくて、誰にも言わずにたいせつにしてたのに。
「先生猫舌なんだーかわいい!」
「ガキくせー!」
職員室でそんなふうに、生徒たちに囲まれて冷やかされていた、先生。
わたしと目が合うと、『ばれちゃった』っていう顔でいたずらっぽく笑った。
わたしが今、どんな気持ちになってるかなんて、ちっともわかってない。
どうしたって対等になんてなれないわたしに、先生にとって些細なことが、どれだけおっきなことに見えてるかなんて。
わたしは曖昧に笑って、職員室を出た。
放課後、なんとなく教室にひとり残っていると、突然ドアがガラリと開いた。
「…先生」
先生が、マグカップと紙コップを持って立っている。
「やっぱまだいたな」
先生は、わたしが座っている前の席の椅子に横向きで腰掛けると、マグカップをわたしに差し出した。
「お前は熱いの平気だろ?」
あったかそうなココアが入っている。
「さっき元気なさそうだったから気になってたんだ。……今はちょっと元気か?」
そんなことを言いながら、わたしの顔をのぞきこむ。
「……ちょっと、元気」
わたしはココアを見つめたまま小さく頷いた。
やっぱり先生はずるい。
元気がないとかちょっと元気だとか、そんなのは気付いてくれるのに。
元気ない原因だって、今ちょっと元気になった原因だって、全部先生だってことには絶対に気付いてくれない。
わざとなのかな?
だったらやさしくしないでほしいのに。
……先生だから?
わかってるけど。
先生にとっては、仕事なんだろうけど。
「わたしだってずるいよね」
小さなつぶやきは、先生には届かなかった。
わかってるけど、仕事だけど、やさしくしないでほしいけど、………ほんとは『仕事だから』でも、やさしくしてほしいと思ってる。
それで勝手に期待して、傷ついて、また懲りずに期待して。
「俺はぬるいやつな」
紙コップを持ち上げて笑う先生に、どうしても「ありがとう」が言えなかった。
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