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夜八時。
いつも先生が校舎を出る時間。
暖房なんてほとんど効かない職員室で仕事をして。
寒い校舎の戸締まり確認をして。
からだは冷えてるはずで。
先生はココアが大好きだから。
わたしは昇降口の前で、ほかほかのココアを持ってスタンバイしている。
『せんせ、はい、ごほうび』なんて澄ました顔であったかいココアを渡す計画。
かわいい教え子が自分を待っていて、好物を覚えていて、おまけに冷えた体があったまる。
先生だってちょっとはほだされてくれるかもしれない。
どきどきしながら先生を待つ。
なのに、先生は出て来ない。
いつも八時きっかりに出てくるのに、今日に限って何してるんだろう。
10分経った。
20分経った。
30分経った頃、手の中のココアには全く温度がなくなった。
悲しくなって、地面にしゃがみ込む。
コートを着ていれば寒くないくらいの気温なはずなのに、なんだか寒い。
わたし何やってるんだろう……
そう思った瞬間に、
「お前、何やってんだ?」
先生がわたしを怪訝な顔で見下ろしていた。
先生の顔を見たら、なぜだか目のまわりが熱くなって、視界がうるんだ。
「……ひえちゃった」
先生は、くしゃくしゃな顔になってるはずのわたしを見て、それから手の中のココアを見た。
わたしの手からココアの缶を抜き取ると、一口飲む。
「ん、ぬるい」
「……」
先生はわたしと目線を合わせるように、しゃがみこんだ。
「猫舌にはこんくらいがちょうどだ」
それからいたずらっぽく笑って、
「他の奴らには言うなよ?」
先生に好きになってもらう作戦だったのに、結局わたしの方が先生をもっと好きになってしまっただけだった。
先生は「明日からはさっさと帰れよ」と家まで送ってくれた。
わたしは先生の後ろ姿を見送りながら、
「先生、ずるい」
とつぶやいた。
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