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ふと甲斐くんの方に目を遣ると、真剣な表情でパソコンの画面を見つめている。
「…………」
結婚式帰りのせいか、甲斐くんはどんな女の子と付き合ったり結婚したりするんだろう、などと勝手に想像しながら、私はぼんやりと彼を眺めていた。
きっと美人で仕事もできて、はっきりと自分の意見を言える自立した人で――その人物像は私とは正反対だと気づく。
私が甲斐くんを苦手だったように、甲斐くんだって私みたいなタイプは好きではないだろう。
それでも優しくしてくれる甲斐くんを私は尊敬し始めていた。甲斐くんみたいになれたら、と思ったりもする。
私は『苦手』を態度に出してしまっていたから。
――と。
「……主任」
「は、はいっ!?」
こちらを振り返った甲斐くんと目が合って、油断していた私はびくりと肩を竦めた。
甲斐くんは呆れたように目を細めている。
「そんなに見られてると、落ち着かないんですが」
「ご、ごめんなさい!」
好き勝手に想像を膨らましていたことにばつが悪くなって、私は甲斐くんから目を逸らした。
「ええと、甲斐くんになりたいなと、思って……」
よりによってそんなところを白状してしまう。
わけがわからないだろうし、きっと引かれてしまったに違いない。
恐る恐る視線を上げると。
「何ですか、それ」
いつもより柔らかい声で答えを返す甲斐くんは――微かに、ほんの少しだけ――――
「…………笑った」
「はい?」
ぽかんと口を開ける私を、甲斐くんが怪訝そうに見つめた。
「はじめて、笑った」
片言のように繰り返す私は、滑稽に見えているだろう。
「……そうですか?そんな珍獣を見たような顔しなくても」
「ち、違うよ!嬉しくて」
「嬉しい、ですか」
「うん、嬉しい」
やっと、この感情の波に名前をつけることができたから、私は自然と笑顔になった。
そう、嬉しかったのだ。
クリスマスの夜、甲斐くんに言われた言葉を思い出す。
『やっと笑った』
『笑っててくれた方がいいので』
甲斐くんも、こんな気持ちだったのだろうか。
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