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給湯室でコーヒーを淹れて戻ると、甲斐くんはまだパソコンに向かっていた。
「ありがとうございます。暖房、暑くないですか。コート脱いだらどうですか」
「あ、う、うん。……甲斐くん、休憩しないの?」
「よく考えたら主任を一人で帰すわけにいかないので。あと少しなんで、終わらせます。――いただきます」
言いながら、コーヒーを片手にパソコンを操作する。
「大丈夫、だよ。一人で帰れるし……というか、あの、手伝うよ?」
「主任はお休みですから。そこ、座っててもらえたら」
「あの、やっぱり邪魔じゃない、かな?」
「主任を送らないとと思うと早く終わるので。一石二鳥です」
「わ、わかったよ」
「むしろすみません。付き合わせて。でも待っててください」
気遣いなのか強引なのかわからないことを言いながら、キーボードを叩く指先は素早く動いている。
「似合いますね、髪型と服」
「えっ?」
「ちょっと別人みたいですけど」
こちらを見ないまま、思いがけないことを甲斐くんが呟いた。
「べ、別人みたい、かな?いつも地味だから……」
「地味というか、」
ぽつりとそう言ったきり、甲斐くんは無言になった。
カタカタというキーボードの音だけがオフィスに響く。
何もしていないというのも落ち着かなくて、週明けからやるべき仕事を紙に書き出してみる。今日の遅れを取り戻さないといけないから、まとめてリストにしておいた方が効率よくできるだろう。
『地味というか』の続きは何だったんだろうか、と想像してみる。メモ帳にペンを走らせながら。
地味というか、『垢抜けない』?
それとも、『似合ってない』?
いやいや、むしろ今日の華やかな服装の方が似合っていないはず。いつも仕事で着ている服も確かに、似合っているかは微妙だけれど。
――でも、似合ってると言ってくれた。今日の服を。
悩んで買ったパーティードレスだから嬉しい。社交辞令だとしても。
ううん、甲斐くんはこんなとき社交辞令を言うくらいなら何も言わない。素直に誉めてくれたんだろう。だから、素直に喜ぼう。
甲斐くんにたくさん助けてもらって、もうあまり怖いとは思わなくなって――少しだけ甲斐くんの『こんなとき』がわかるようになった。
私が成長したというよりは、甲斐くんのおかげなのだろう。
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