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「ご、ごめ、」
「大丈夫ですから、離さないでください」
「あ、ありが……ひゃっ!」
さらにもう一度、強い光と音が襲う。
近づいてきているみたいだ。
「誰も見てないですから、ひっついてもらってて大丈夫ですけど」
「そ、それは悪い、」
「部屋にあるぬいぐるみとでも思ってもらえれば」
「ぬ、ぬいぐるみなんてないよ!」
「そうなんですか」
さすがに失礼なイメージを持たれていたから、こんなときだけど否定する。
が、またも大きな雷が落ちたらしく、私は肩を竦めた。
「ぬいぐるみじゃないなら棒きれとでも思ってください」
甲斐くんの話はまだ続いていた。
私はそんなに情けなく見えているのだろうか――いや、見えているのだろう、きっと。
甲斐くんの親切心はありがたい。
「で、でもやっぱり……」
「まだ俺が怖い、ですか」
「え、と……違、」
申し訳ないとか情けないとか、そんな理由から躊躇っていたけれど、『甲斐くんは怖くない』と胸を張っては言えなかった。
私の微妙な反応に、甲斐くんは溜め息をついた。
「雷とどっちが怖いですか」
「…………雷」
「それを聞いて安心しました」
ふっと笑った気配がして、甲斐くんの腕が、私の肩に回された。
「……っ!!??」
「雷以下じゃなくてよかった」
「そ、そんなこと、あのっ……甲斐くん、ち、近いっ……」
頭が甲斐くんの胸元に引き寄せられて、私はさっきまでとは種類の違うパニックに陥った。
とん、とん、と、優しく背中を叩かれる。
外では、相変わらず耳を覆いたくなるような雷鳴が、ひっきりなしに響き渡っている。
「誰も見てないです。俺も見てないですし、主任も見えないでしょうから、大丈夫です」
「だ、いじょうぶって……」
「そうですね、棒きれはこんなことしませんから布団とでも思ってください」
「ふとん……」
「雷のとき、被ってるんじゃないですか」
図星だった。
つまり、甲斐くんは私を少しでも安心させようと、落ち着かせようと――気遣ってくれているのだ。
わかってはいたけれど、男の人に慣れていない私はつい混乱してしまっていた。甲斐くんみたいに、慣れている人には普通のことなのだろう。動揺を見せてしまって恥ずかしい。
「甲斐くん、ごめんなさい……あ、ありがとう」
上司なのに、世話が焼けること。
気遣いに、動揺してしまったこと。
でも今、いつもより少し、雷が怖くないこと。
ひっくるめて、『ごめんなさい』で『ありがとう』だった。
「謝らないでください」
いつもより、穏やかな声で、いつもの台詞を甲斐くんが言った。
空いている手で、ぽん、と頭を撫でられた。
「気遣いとか親切とか、そういうのでやってるんじゃないですから」
「……そう、なの?」
だけど、やっぱりこんなことは、気遣いや親切心以外の理由があり得ないから――甲斐くんは優しいな、と素直に思えた。
「あのね、甲斐くん……今、私、甲斐くんが全然、怖くない、です……」
お互いが見えないから、思いきって打ち明けてみると、なぜか甲斐くんは今日一番の溜め息を漏らした。
「それはよかったですね」
棒読みに聞こえたのは、気のせいだろうか。
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