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「俺が練習台になりましょうか」
急に立ち止まった甲斐くんが、真顔でこちらを振り返った。
「れ、……えっ?」
「とか、軽口叩けるような人間だったらなんか違ったんですかね」
「えっと、あの、甲斐くん……?」
「気にしないでください。これでも酔ってるんで」
目を白黒させる私を見下ろして、甲斐くんは軽く息を吐いた。
「……は、はい」
何が言いたかったのか理解できないまま、私は甲斐くんから目を逸らすように地面に視線を落とす。
相変わらず、甲斐くんと目を合わせることには抵抗がある。
と。
「やっぱり危なっかしいですね」
そう言った甲斐くんが、私の腕を軽く引いた。
「あっ、えっ!?」
「まだふらついてるみたいなので掴まっててください」
まるで私が甲斐くんに腕を絡ませているかのようなかっこうになってしまった。
甲斐くんはすたすたと歩き始める。
「あ、ま、待って……あのっ……」
あまりにも恥ずかしい。
道行く人はほとんどいないけれど、恥ずかしい。
甲斐くんが怖いだとか嫌われているかもしれないだとか、そんなことを忘れてしまうくらいに、恥ずかしい。
だけど、せっかくの好意を振り払うこともできなくて――
「こ、これで、じゅうぶん、なので……あ、ありがとうございます」
「また敬語」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「だから謝るくらいなら敬語でいいって何回言わせるんです」
「……はい」
スーツの袖を小さくつまんだ指先が、何だかどんどん冷えていく気がして、それなのにてのひらには汗が滲んで――早く酔いが醒めてくれたらいいのに、と私は願った。
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