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案の定、甲斐くんは迷惑そうな顔をしてため息をついた。
「課長、酒が入ってるとはいえ主任をからかうのは程々にしておいてください」
「だってさあ、甲斐くん。俺だって焦れてくるっていうかさ〜」
「主任が困ってますから」
「そうかなあ?わかったよ、じゃあ今まで通り温かく見守ることにするかあ」
「放っておいてくれていいです」
「つれないなあ、甲斐くんも秋月ちゃんも」
今時の若い子ってみんなこうなの?なんてぶつぶつ言いながら、課長は反対側に座る部長と『古きよき時代の恋愛』について語り合い始めた。
解放されたのはいいけれど、残された私たち二人は、とても気まずい。
いや、甲斐くんは涼しい顔をしてビールを飲んでいるから、気まずいのは私だけなのかもしれないけれど。
「か、課長の言ってること、全然意味がわからなかった、ね……?」
「そうですか」
「え、と……」
お酒が入っているというのに会話が続かない。
私は途方に暮れてしまい、目の前のカクテルに口をつけて気まずさをごまかした。
――そして、一時間後。
「あらら、秋月ちゃん、大丈夫?」
正気を失う、というほどではなかったが、頭がぐらぐらして、私は足元が覚束なくなってしまっていた。
お酒は強くないのに、沈黙が辛くてつい飲み過ぎてしまったのだ。
「あたしが送ろうね、秋月ちゃんの家わかるし」
係長が私のかばんを持って背中をさすってくれた。
「い、いえ……ひとりで、帰れます、から……ありがとうございます」
「何言ってんの!危ないでしょうが」
「で、も……係長、二次会……」
「あんた送ってから合流するから気にしないの」
少し休めば本当に大丈夫ですから、と言いたいのに、手際の良い係長はそんな隙を与えずに私の肩を軽く担いだ。
「疲れてるから酒の回りが早いんでしょ。さ、歩ける?」
「は、はい……」
申し訳なくて、情けなくて、どうしていいかわからない。
本当に一人で帰ろうと思えばなんとか帰れるくらいなのに。
すると。
「係長、自分が送ります。女性二人は危険なので。係長は二次会に行ってください」
声の主は甲斐くんだった。
それは――それは、余計困る。
ますます甲斐くんに頼りなく見られてしまうではないか。
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