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「帰りましょうか。冷えてきたし」
「あっ、はい……!」
「だから何で敬語なんですか」
「あ、ご、ごめんなさい」
「謝るくらいなら別に敬語でもいいです」
「あ、の、えと……っ」
すたすたと歩いて行く甲斐くんを、小走りで追い掛ける。
非常灯だけが点いたオフィスは暗くて静かで、クリスマスの華やかさなんて想像もつかないくらいだった。
仕事の話をぽつりぽつりとしながら、甲斐くんが私を送ってくれる。
私より二歩分だけ早く、アパートの前で立ち止まる甲斐くん。
「お疲れ様でした。寒いので風邪引かないようにしてください」
「は、はい、甲斐くんも、ね」
「ありがとうございます。じゃあまた明日」
「うん、おやすみなさい」
一度も振り返ることなく、さっき曲がった角を戻って行く甲斐くんを見送ってから、私は部屋の鍵を鞄から取り出した。
明日は、甲斐くんにこのケーキのお礼を言おう。
自分からちゃんと、話しかけよう。
できたら、ちゃんと笑って。
本当にできるかはわからないけれど、そうしたい、と初めて思った。
――私は、すぐに寝てしまったから気付かなかったけれど、夜更けに雪が降ったらしい。
ホワイトクリスマスだ。
朝のニュースでそれを知った私は、何となく、甲斐くんは雪の夜が似合いそうだと思った。
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