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せっかく甲斐くんが話題を提供してくれたのに、話を膨らませることができなかった。

甲斐くんが悪い人じゃないのはわかっている。

さっきだって、部長や課長の家族のことを心配していたし、今だってびくつく私を気遣って話しかけてくれたのだと思う。

だから、悪いのは私だ。情けなくて内心で大きくため息をついた。



すると甲斐くんは、何故か無言で給湯室の方へ歩いて行った。

忘れ物でもしたのだろうか。それとも私と少しでも離れたくて――いや、それはさすがに考えすぎかもしれない。

どちらにしても、今のやりとりで甲斐くんは私のつまらなさに呆れているのだろうなと思った。



「主任、ショートケーキとチョコケーキ、どっちが好きですか」

「え、えっ!?あの……っ」


戻って来た甲斐くんが、唐突に私に尋ねた。

手には二つの小さな箱を持っている。


「好きな方、持って帰ってください」

言いながら、ケーキが入っているらしい箱を二つ、デスクに置く。


「えっ、あのっ、でも、これ……甲斐くんの……」

「ひとつは俺のです。どっちか選んでください」

「えっ、と……でも、誰かにあげるから、ふたつ買った、んじゃ……?」

「昼休みに外出てて、今日は残業だなと思って、主任もきっと残るんだろうなと思って、そしたらつい買ってました。なのでひとつは主任の分です」

「ええっ!?」


予想もしなかったことに、目を見開く。

嫌われては、いないのだろうか。

仕事仲間としてちょっとは認めてくれているのかもしれない、と思うと、少しだけ恐怖心がやわらいで――それから素直な気持ちで、嬉しいと思えた。

甲斐くんは、こわいけれど、やさしいひとだ。

もう少し、ちゃんとした関係を、築きたい。



だから、

「あの、甲斐くん、じゃあ……ショートケーキ、いただきます。あの……」

私は意を決して顔を上げ、甲斐くんの目をまっすぐに見た。

「ありがとう、甲斐くん。嬉しい、です」


正直な気持ちを伝えると、びっくりするくらい自然に、笑顔がこぼれた。


「――やっと笑った」

なぜかため息混じりに、甲斐くんが呟く。

「俺は別に、主任を泣かせたいわけじゃないんですよ。というか、笑ってくれてた方がいいので」

「え……?」

「よかったです、喜んでもらえたなら」


あまりにも淡々とした口調でそんなことを言って、甲斐くんは鞄とケーキの箱を手に持った。

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