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少し高い書棚にある書類を取ろうとした時。


「主任」

「きゃ、きゃあっ!」


今日初めて、しかもいきなり甲斐くんが私を呼んだものだから、私は飛び上がり、その弾みで書類を何冊か落としてしまった。


「あっ……ご、ごめんなさい……っ」


動揺しながら散乱した書類をかき集めていると、軽く溜め息をついた甲斐くんが、手際よく残りの書類を回収し、立ち上がった。

情けない気分で、私もゆるりと立ち上がる。


「あの、ごめんなさい……迷惑かけて……仕事も遅いから、こんな時間まで残業させてしまって……」

俯いて小声で謝罪する。


と、

「いい加減にしてください」

明らかに苛立ちのこもった声が頭上に降ってきた。

「あっ……は、はい……あのっ……ごめんなさい……私……」


「そんなに俺が怖いですか」

「え?あ、あの、え、えと……」

肯定するわけにもいかず、かと言って否定もできず、私はもごもごと口ごもりながら後ずさる。

背後の書棚に背中をぴたりとつけることで自分を守るようにして、私は顔も上げずに足元だけを見つめた。


「俺は主任に何かしましたか」

「いえ……ちがうの……私がいつも……甲斐くんを怒らせたり、苛々させたりしてるから……だから……あの……きっと甲斐くんは、嫌だろうなって……だから……ご、ごめんなさい……」


おどおどと言い募ると、不意に甲斐くんの両手が、どん、と音を立てて背後の書棚を掴んだ。

「ひゃ……っ!」


「謝るなって言ってるだろ」


その手はちょうど私の両肩のそばに置かれていて、まるで捕らえられているかのような体勢に、私はびくりと肩を竦めた。

甲斐くんがものすごく怒っている、ということは、崩れた敬語からも明白で、私はもう、どうすればいいのかわからず、ただ怖くて、両腕で自分を抱きしめた。


しかし、甲斐くんはそんな私を見て、また溜め息をつく。

「そうやって謝られるたびに拒絶されてるような気分になるんですよ」

「拒絶、なんて……」

「俺が傷ついてないとでも思ってるんですか」

「……えっ?」


予想もしていなかった言葉に、私は思わずきょとんとして顔を上げた。


「何でそんな顔するんですか」

無表情な甲斐くんと、思いきり視線を合わせてしまっていることも忘れ、私は瞬きを繰り返す。


だって、私の態度に甲斐くんは嫌な気分になったり腹を立てたり呆れたりしているはずで、そんな私なんかの言葉に傷つくだなんて、そんなことは考えたこともなくて。

嫌われている、と思っていた相手を、傷つけている、なんて全く思い至らなかった。


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