「お酒なんて一体どこから?」
私は、水の入ったコップを差し出しながら、静さんに尋ねた。
「ありがとう。うん、この前宮路さんがくれた」
静さんはごくりと水を飲み干した。
宮路さんとは、四つ葉堂書店に本を仕入れてくれているおじさんで、静さんの歳の離れた友人でもある。
彼は静さんの生活用品や、菜園では限界がある食料を、いつも買ってきてくれる。
静さんは、宮路さんとなら嫌いな街にも下りていく。たまにインクやノートを買い出しに、二人で出掛けている。
例えば私が料理を差し入れても「いらなかったのに」なんて言われるし、たまには私書箱を一緒に見に行きませんかと誘っても「嫌だよ」と相手にしてもらえないのに。
「君はそんなことをしなくていいってば」が口癖だけど、でも、宮路さんには頼っている。
だから私は、宮路さんが少しだけうらやましい。
「緑ちゃん見てごらん。今日は満月だ」
私は窓際に近寄り、静さんの隣に座った。
「ほんとだ。綺麗ですね」
「うん。それで酔ったのかも」
静さんは月を見上げながら、小さく笑った。
それを見て、私は気付く。
静さんの隣に座るのは、初めてだ。
「静さん、」
私は、普段なら絶対に聞かないことを、口にした。
「静さんは優しいのに、どうして人が嫌いなんですか」
静さんは、黙って再びお酒を一口飲んだ。
「……優しくするから、好きだっていうわけでもないでしょう」
片手で頬杖をつき、再び月を見上げる。
「人に不幸になってくれなんて思ってるわけじゃない。
むしろ幸せになってほしいよ。そのほうが、世の中はうまく回るだろうしね。
ただ自分がそれに関わるのは御免だ。見えないところで幸せになってくれたら、一番いい」
「……」
質問の答えでは、ない。
だけど、静さんの『内側』を、わずかに垣間見た気がした。
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