三日後、私は再び『四つ葉堂書店』の扉を開いた。
私書箱の回収は一週間ごとだけど、配達のためや――用がなくても、私はしょっちゅうここへ入り浸っている。
「静さん、この間の本、ありがとうございました」
「うん。……どうだった?」
静さんは今日もいつもの机で本を読んでいた。
顔を上げずに問う。
「あの……死にたくなんて、ならなかったんですけど、どちらかというと……死ぬことが怖くて怖くてしかたがなくなりました」
「そう」
主人公が死ぬ直前のシーンから始まったその小説は、死ぬこと――からだが全部止まってしまうことも、死ぬことでなにもかもを失ってしまうその様も、本当に『怖い』『嫌だ』と思ってしまうようなものだった。
これを読んで、死にたくなる人間は、ほとんどいないと思う。
「リクエストに、沿えてないんじゃないですか…?」
静さんは「うーん」と言って、本を閉じた。
「死ぬことが怖いと思い知って、それでも『死んだ方がいい』なんて言えるんだったら、ほっといても死にたくなって死ぬだろうと思って」
「……今のところ、苦情も来てないし、あの男の子がどう思ったかはわかんないですけど」
「そこまで責任取らないよ。……『生きててもしょうがない』と思いながらでも、まあ、生きてれば、どうにかなるだろ、とかね」
静さんがついでのように呟いた最後の一言で、私はなんとなく、顔がにやけてきた。
「静さんって、人間嫌いなのに、ひとに優しいですよね」
「やめてくれ、そんな小説に出てきそうな奴にするのは……ただの本屋だからね、俺」
「えへへ」
「やめなさい、その顔」
静さんは、目を細めてため息をついた。
「ね、静さん。今日は思いっきり笑える楽しい本が読みたいんですけど、選んでもらえますか?」
「……緑ちゃんはいつも俺をただ働きさせるから困る」
静さんは、億劫そうな動作で、だけどわずかに口の端を上げて、椅子から立ち上がった。
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