私はリクエストの手紙に目を移した。
中学生の男の子からの手紙で、リクエストは『死にたくなれるような本』だった。
私は、不穏な文字に一瞬眉をひそめ、続きを読む。
『自分は死んだ方がいい…というか生きていてもしかたがない人間だと思うのに、臆病で「死にたい」という気持ちになれない。だからそんな気持ちになれるような本が欲しい』――そんなことが書いてあった。
「……これかな」
静さんは早くもめぼしい本を発見したらしく、一冊の本を棚から取り、慣れた手つきで梱包した。
「はいこれ、配達よろしく」
「わかりました」
静さんから託された本の包みをかばんにしまう。
今日はもう、帰ったら夜だろうから、明日配達しよう。
静さんは机に戻り、眠そうに頬杖をついた。
「……あの、静さん。今の本、もう一冊仕入れてもらえますか」
静さんはちらりとこちらに視線を向けた。
「読むの?」
「私も、死にたい気持ちがわかりません。死にたくなりたいとは思わないけど……でも、死にたい気持ちもわからなくて、死にたいほど辛い思いを抱えた誰かを、支えたりなんてできないと思うから…」
「支えたいの、誰か」
「いつか、の話です。支えるっていう大それたことじゃなくても、例えば…その人が言うことにひとつでも多く、頷けるようになりたいというか。知らない気持ちは、共有できないから」
正直なところ『死んだほうがいい』という気持ちも、私にはわからない。
わからないのに『そんなことを思っちゃいけない』なんて、言えない気がする。
静さんは小さく笑った。
「わからないほうが幸せだ」
「……静さんは、わかるんですか」
静さんはその質問には答えずに、椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。
「死にたい気持ちなんてわからなくても、生きてることがどれだけすごいことかわかっていれば、十分だと思うよ。――そこに、死のうとしなきゃ気付かない人が多いけど、緑ちゃんはそうじゃないだろうから」
静さんがめずらしく長く喋っている。
「生きてることのすごさを知ってる人が――気持ちを共有できなくても、寄り添ってくれるだけで、救われる人間もいると思うし」
私がなんと答えていいか迷い、黙っていると、静さんは二階に上がっていった。
「……?」
3分ほどして戻ってきた静さんは、さっきの本を手にしている。
「私物だけど、よかったら貸そうか」
私は、少し怖いような気持ちでその本を受け取った。
「ありがとうございます」
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