▼
今このときでよかったと、卑怯にも安堵する気持ちと、同じ女を好きな男として、潔いと感じる気持ちがあった。
僕がもし逆の立場だったら、想いを絶対に打ち明けることはなかっただろう。
負け試合に全力を尽くすことは、僕にはできない。
ただ、僕は、負けないために勇気を振り絞った。
そこは自分を誇りに思っている。
例えば、どちらがより妻を好きか比べることができたとしたら、高校時代には勝てる自信がなかった。
だけど、今は絶対に負けない確信がある。
そんな自分が、嬉しい。
「今度試合見に来てって。二人で」
そういえば彼の野球を見たことはなかった。
彼は、どんな風にボールを投げるんだろう。
そして少し、話してみたい気もする。
「君がマウンドに上がれないのをわかっていて妻をさらった僕は、卑怯だったかな」
そう聞いたら、嫌味に聞こえてしまうだろうから、やめておくけれど。
だけど、たぶん僕の想像の中の彼なら、
「相手投手のことなんて気にせずにバッターに集中するのがピッチャーの仕事だ。それに本当に欲しいものを前に『正々堂々』なんて、必要ないよ」
なんて返すんじゃないだろうか。
そんなことを想像しながら、僕は少しだけ笑った。
prev / next
(3/3)