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「考えなんかないよ。……ただ、あのひとが笑ってくれるのは『野球をしてる俺』だからなのかな、なんて思ったら、この状態を壊したくないっていうか…」
いつになく正直で、いつになく弱気な答えが返ってきた。
「この場所から動かなかったら、ずっとあの笑顔が見てられるのかなあとか、思っちゃった」
こちらを見て、照れているような、情けないような顔で笑う。
あれだけいつも、ボールに食らいついていくこいつが、ノックを受けただけで既に泥だらけのこいつが、臆病になっているらしい。
右か左か――、躊躇していたら飛び込めない。
考えるより先に、本能で一歩を踏み出さなければ、ボールは掴めない。
こいつが誰よりわかっているはずなのに。
俺は、思わず立ち上がっていた。
「それって、動かないどころか、逃げてるんじゃねえの?」
相談されたわけでもない、他人の曖昧な恋路に干渉する趣味はないはずだ。
だけど、二遊間を組む相棒として、『この場所から動かなかったら』なんて言葉は聞き捨てならなかったのだ。
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