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8回表、ツーアウトランナーなしの場面で、彼の名前がコールされた。
彼がブルペンからマウンドへ走って来ると、歓声はますます大きくなる。
彼は、最盛期を思わせる渾身のストレートで、相手バッターを三球三振に仕留めた。
深々と頭を下げ、走ってベンチに戻る。
本当に一瞬にしか思えないほどの、引退の儀式。
こういうときは、相手バッターは気を遣うものではあるが、それでも、あの球はなかなか打てない。
まだいけるんじゃないか、と惜しむ声が、いくつも聞こえた。
その時、
「うう…タカハシさんが、ほんとに引退しちゃったよおお……!」
私の斜め前の席にいた女性が、ハンカチを手に啜り泣きはじめた。
夫と、小さな娘と観戦に来ているらしい彼女の顔をちらりと見て、私は「あれ」と気が付いた。
まさかと思い、娘を抱く夫の顔を確認する。
……あのときの。
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