▼ 34:恋敵=本?
最近、彼が夢中になっているものがある。
カザミ将軍に借りたという本だ。
全部で五巻もあって、一冊分も分厚い。
彼は読むのが速い方だけれど、さすがに五冊となると、長い。
そして私はいつも彼が本を読んでいる間に眠くなってしまうから、この数日、彼とあまり話していないような気がしていた。
今日はやっと最後の巻までたどりついたらしい。
彼はいつも、剣の手入れをするのと同じ体勢――ベッドの端に腰掛けて本を読む。
背もたれがないと落ち着かない私にとっては「きつくないのかな?」と思えてしまうのだけれど、たぶん彼にとってはそれが一番集中できる姿勢なんだろう。
――だけど、それはつまり、私はずっと彼の背中だけを見ていなければいけないということで。
それが今日は少しだけ、寂しく感じた。
じっと彼の背中を見つめていると、胸がきゅっとなる。
たまにはあまえてみても、いいだろうか。
私は、自分の読んでいた本を閉じ、彼に近づいた。
「……カズマ様、邪魔はしないので、ちょっとだけ、こうしてていいですか?」
彼の背中に頬をくっつける。
「……ああ」
彼は振り向かず、だけど優しい声で答えた。
彼の体温を感じていられることに、びっくりするくらい安心して、私は目を閉じた。
私がもたれかかってもびくともしない背中に、ほっとする。
しばらくして、彼が急に長いため息をついた。
パタンと本を閉じて、そばのテーブルに置く。
私はハッと我に返った。
慌てて身を引く。
「あっ、やっぱり邪魔でしたか!?それとも私、重かっ、」
言い終えないうちに、私の視界はぐるりとまわり、次の瞬間には仰向けに倒れていた。
「内容が全く頭に入ってこないのに読んでいても意味がないと思っただけだ」
彼は片手をベッドについて、もう片方の手で私の髪をもてあそぶ。
「え、と……」
安心が一瞬にしてどうしようもないどきどきに変わってしまう。
彼は私を見下ろしていたずらな表情になった。
「妬いたのか?」
「なっ……本にですかっ!?カズマ様じゃあるまいし……ひゃっ!」
慌てて反論すると、それを封じるように彼が私の首筋にくちづけた。
そのまま耳元で命令する。
「いいから本音を言え」
妬いた、わけじゃなくて。
ただちょっとだけ。
「……本音というか、ただのわがままなのでっ」
「わがままが聞きたい」
今度はやさしくそう囁かれる。
そんなふうに私を揺さぶってから、捕らえるようにじっと見下ろされたら――逃げることなんてできない。
唇をかんで彼から目をそらし、私は恥ずかしくて泣きそうになりながら『わがまま』を白状した。
「ほ、本ばっかり見てないで、ちょっとは私のことも……見て、ください……っ」
「上出来だ」
彼は満足そうに笑う。
「そうやって、いつもいじめる……」
ちょっと寂しかっただけなのに、なんでこんなことになってしまったんだろう。
悔しくて、彼から逃れて枕に顔を埋める。
「馬鹿。この状況を作ったのはお前だぞ」
無防備になった背中を軽くなでながら、彼は少し不機嫌そうに言った。
本当は彼の手の感触だけで心臓がおかしくなりそうだけれど、そんなことは知られたくないから、顔は上げない。
「……私がカズマ様にくっついたからですか」
精一杯、不機嫌を装ってつぶやく。
「わかってるじゃないか」
彼は笑いの混じった声でそう言うと、今度は私のうなじにキスを落とした。
今、私が必死で声をこらえたのは、顔を見られていなくても、きっとばれている。
「だがお前を妬かせたのは俺だ。悪かったな」
「だから妬いてはいなっ……、」
思わず枕から顔を上げると、からかうような表情をした彼が、すばやく私から両腕の自由を奪った。
その体勢のままで、
「許してくれるか?」
わざとらしく、笑いをこらえながら問う。
「……し、知りませんっ!」
結局彼には全然かなわなくて、私にできる抵抗なんて、このくらいだった。
それすらも、「逆効果だ」なんて言われてしまったのだけれど。
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