▼ 03:雪色の犬
「殿下、これは……」
「犬だ」
「は、はい。犬……、ですね」
「お前の犬だ」
「……はい?」
私が『カズマ様』ではなく『殿下』と呼んでも彼が怒らないのは、ここが執務室だから。
いや、そんなことはどうでもいい。
執務室に呼びつけられた私は、白いもこもこした子犬を、いきなり彼からぐいっと押し付けられたのだ。
いきなり『お前の犬だ』と言われても私は戸惑うばかり。
すると、
「故郷を思う代わりに、こいつを可愛がればいい」
その言葉に、ああ、と納得した。
白い、まっ白い毛に覆われた無垢な子犬。
この子の色は、私の故郷の色だった。
一年中気温が低く、雪深いあの国からここへ来て、温暖な気候を過ごしやすく感じていた。
だけど、やっぱりたまには、白い雪が恋しい。
「それで、もうちょっと笑え」
このひとは、私の小さなホームシックに、気付いていたというのだろうか。
「……大切に、します。だから、殿下が名前、決めてください」
「『雪』とかでいいんじゃないか」
頬杖をついて、彼は適当に答える。
そのまんまだ。
だけど私は、その名前が気に入った。
「いいですね、ユキちゃんにします!オスみたいだけど……」
ユキがぺろりと私の頬をなめる。
私は、心があったかくなった。
故郷にいたときも、白い雪を見ては、寒いはずなのに、心はあったかくなっていた。
自然と笑顔になっていたことに気付く。
その笑顔のままで、
「殿下、ありがとうございます。嬉しいです」
そう伝えると、彼は、
「後で二人きりの時にもう一度言え」
書類から顔も上げずにそう言うから、私は従者たちの視線を一身に受けてしまい、結局ひとり顔をまっかにして、執務室から飛び出した。
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