▼ 32:ガールズトーク
「リンさまっ!新婚旅行以来、殿下の機嫌がいいと噂になってますわよ!」
マリカさんがニヤニヤしながら私にそんな報告をしてくれた。
「もちろん表面上はいつもどおりですけれど、なんとなく上機嫌に見えるんだそうですわ。よっぽど新婚旅行が楽しかったんだろうって皆言ってますのよ」
「……もう一ヶ月近く経つのに」
私は変な気分になった。
私の目には完全にいつもどおりに見える分、余計に。
だいたい『上機嫌』なんていう単語が彼の辞書に存在するのかも疑問だ。
「だから、一体どんな新婚旅行だったんだって私たちはやたら聞かれましたわ。上機嫌の理由はとても言えませんからごまかしましたけど」
マリカさんの一言に、私はうろたえた。
「そっ、その話題はやめてくださいマリカさんっ!」
マリカさんは私たちの事情を知っていたから、新婚旅行であったことも打ち明けていた。
……というか、王宮に帰った後、マリカさんと二人になったときに「リンさま、殿下と何かありましたわねっ!?」と自信ありげに尋ねられて、答えざるをえなくなったのだけれど。
「まさか誰も、ついこの前までお二人の間に何もなかったなんて思ってませんもの!上機嫌の理由がわかるわけありませわよねっ!」
「やめてください〜!!!」
私は顔を隠してしゃがみ込む。
そんなことを話題にされると、一気にいろいろ思い出してしまって、とても冷静ではいられない。
王宮に帰ってからも、……何もないわけでは、なかった。
彼は私の『怖さ』に気付くと手を緩めてくれるけれど、『恥ずかしさ』には全く容赦がない。
私にとって怖さがあったのは最初だけで、だからそこが問題だった。
私が恥ずかしがっているだけだとわかると、もっと恥ずかしくなるように彼に仕向けられて、私はいつもおかしくなってしまいそうなのだ。
嫌なわけじゃない。
私だけが余裕がない気がして、いたたまれない。
なんだかもう、そんな状況が恥ずかしくて悔しくて、だけどそんな私を愛おしげに見つめる彼の視線に結局そんな感情も全部奪われてしまって、最後にはわけがわからなくなる。
それがまた、悔しい。
「リンさま、今にも発熱しそうなお顔になってますけど、大丈夫ですか?」
気付けばマリカさんが笑いをこらえながら私をのぞきこんでいた。
「……マリカさん、カズマ様を手玉に取る方法、しりませんか……?」
私はついぽろりと、考えていたことを口に出してしまった。
それにマリカさんはお姉さんみたいだから、なんとなく頼ってしまうのだ。特に、こういう、恋愛に関することで。
マリカさんは一瞬きょとんとして、すぐに吹き出した。
「リ、リンさま……っ!そんなこと考えてらっしゃったんですかっ?」
マリカさんは何かがツボに入ったらしく、しばらくケタケタと笑い転げた。
「なっ、なんでそんなに笑うんですかっ」
私が真っ赤になって怒ると、マリカさんは涙目のまま何とか笑いを止めた。
「だって、リンさま……!」
涙を拭いたマリカさんは、また込み上げてくる笑いを必死で抑えている、といった表情で、私の肩をぽんと叩いた。
「リンさまは今のままでじゅうぶん、殿下を手玉に取ってらっしゃいますわ」
「え……?」
意味がわからなくて首を傾げる私を見て、やっぱりマリカさんはまた吹き出した。
「例えば、兵士たちに上機嫌を見破られるくらい殿下をわかりやすくさせてしまってるのは、リンさまでしょう?」
「……?」
ますます意味がわからなかった。
だけどマリカさんは「あんまり詳しく説明すると、殿下に叱られそうですからやめておきますわ」と言って、教えてくれなかった。
マリカさんも、時々意地悪だ。
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