▼ 09:寝坊から
いつもは、彼の方が先に起きる。
彼が起きた気配に私も目を覚ます、というのが日常だった。
だけど、今日は、彼がなかなか起きなかった。
王様は朝が苦手で女官が起こしているらしいが、彼は寝付きもよければ寝起きもいいため、そういうことはない。日頃は。
「私が起こした方が、いいのかな」
ベッドの反対側に回り、彼の肩を揺する。
「おはようございます、殿下。朝ですよー?」
すると、腕が掴まれ、視界がぐらりと揺れた。
「名前……」
いつもよりさらに低い、寝起きの声で彼が言う。
私は彼にのしかかった状態でそれを聞いた。
いきなり腕を引かれたので、支えがなくなってベッドに倒れてしまったのだ。
「あ……、カズマ様、朝です……というかこういう不意打ちは心臓にわるいので、やめてください」
「油断しているからだ」
しかもまるで私が朝から彼を押し倒したかのような構図。
背中に彼の手が回っていて、離れることもできない。
最近、彼はたまに、こういうことをするようになった。
私の気持ちが、最初のころと違うと、見抜いているかのように。
「……カズマ様って、女性慣れしてますよね。こういうこと、どこで覚えてくるんですか」
腹いせに、言ってやる。
彼がぴくりと動いた。
きっと今、眉間にしわが寄っている。
「……敵国に潜入していた時に、そういう店の用心棒をしたことがある。それと、情報をとるためにそういう店の客のふりをしたこともある」
私はがばっと起き上がる。
彼の上に乗ったまま体だけ起こすと、ますます私が襲っているみたいだけれど、気にする余裕はない。
「よ、用心棒はともかく……そういうところで女の人を買うなんて!」
転がったままの彼の目が、少し泳いでいる。めずらしい。
「確かに金は払ったが、さすがに任務中にはそんなことはしていない」
「『任務中には』……でも、そういうとこでいろいろ覚えてきたんですよね?てことは、何もなかったわけじゃないってことですよね!」
「別に特に楽しいことでもなかったぞ」
彼はいけしゃあしゃあと言った。
たぶん彼がどうこうではなくて、この容姿だから、女の人たちが放ってはおかなかったんだろう。
――それはわかるけど。
「っ私!そういう女の人たちみたいに、いろいろ上手じゃありませんから!」
「……何を言ってるんだ」
「私で遊ばないでくださいってことです!」
そう言って、私は勢いよくベッドから飛び降り、走って寝室を出た。
ユキの毛をぐしゃぐしゃとなでながら、私はひとりごとを言う。
「あんな馬鹿正直に白状しなくたって…」
王子様だから何言っても許されると思ってるのかしら
……そこまで考えて、気付いた。
彼は、自分を守る嘘はつかない人だった。
無愛想で意地悪でも、嘘をつかない人だったから、今まで、私は彼の言葉を信じられた。
気をつかう、ということはあまりない代わりに、嘘で自分を守ることもしない。
ある意味、相手を信じていないとできないことで。
「…………」
私が、寝室の扉から少しだけ顔をのぞかせ、「ごめんなさい、言いすぎました…」と謝ると、彼は、
「今日のお前は何かと可愛いな」
と、意地悪く笑った。
……妬いてた、わけじゃないんだから。
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