▼ 08:顔が見たくて帰ってきたんだ
背中に彼の気配がない。
彼は今日、隣国の夜会に招かれていて、帰らない。
この国に来て初めてのことだった。
「以前は王宮にいらっしゃる日の方が少なかったんですよ」と女官たちは言っていた。
『王子様』としての形式的な仕事だけでなく、国境の視察、敵国の調査、その他さまざまな『仕事』で飛び回っていたそうだ。
彼の祖父が王位に就いてから、この国での王族は『飾り』ではなくなった。
だから、彼は私に出会ったのだけど。
結婚してから、日を跨いで出掛けることは極力避けてくれていたのだと気付く。
国に慣れない私を気遣ってくれていたのだろう。
……うぬぼれてもいいなら、私と、いたいと思ってくれていた、のかもしれない。
今回はどうしても断れなかったと、苦々しく言っていた。夜会は嫌いだとも。
寝返りを打つ。
いつもは向かない、彼の側を向く。
なんとなく、彼の場所に手をのばしたら、当然体温は残っていなかった。
「ひろいベッド……」
人間って、いつもあるものがないと、落ち着かないものなんだろう。
****
目を覚ますと、目の前に彼の顔があった。
寝転んだ状態で頬杖をつき、目を閉じている。
外はまだ暗かった。
「……なんで?」
寝ぼけまなこで思わずつぶやくと、
「夜会は嫌いだと言っただろう」
彼がゆっくり目を開けた。
「おかげでいいものが見れた」
いつもの意地悪な笑いで、彼は私を見下ろす。
「えっ、……あっ」
彼の方を向いたまま寝てしまっていた。
「……あの、いつ帰ったんですか?」
「一時間ほど前だ」
「……その体勢で寝てて、つらくないですか?」
「寝てない」
「…………」
私がその意味を察して黙ると、彼は頬杖を外した。
空気が少し動いて、彼の顔がますます近くなる。
「今日は疲れた。寝る」
「は、はい……」
彼はそう言ったそばから目を閉じ、すぐに寝息をたて始めた。
せめて自分だけでもいつもの向きで寝たくて、寝返りを打とうとするけれど、彼の手が私の腕を掴んでいて、それができない。
気配がなくても落ち着かないし、こんなに近くても落ち着かない。
これって贅沢な悩みなんだろうか、と思っているうちに、私も少しずつ、眠りに落ちていった。
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