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▼ 62:剥奪


イリヤ王子が王位継承権を剥奪された、という報せが私たちのもとに届いたのは、西の国への訪問を翌週に控えた昼下がりだった。


「驚きが半分、納得が半分、っていうところかな?」

王様は、執務室の机で苦笑した。

「あの国王にそんな決断ができるとは思わなかったけど……さすがに国の長としてけじめをつけたか」

「つまり、あの噂は事実だったということでしょうか」

「そうだろうね、このタイミングだから」

「…………」


彼は、なんともいえない複雑そうな顔をしている。

私は口を挟めず、ただその場に立ち尽くして二人のやりとりを聞いていた。


「あの男が妙に苛立っていることは――以前から気づいていましたが」

「カズマにちょっかいかけてこなかったしね」

「あからさまに避けられていましたから」

「リンさんに思わぬ抵抗を受けてから、なのかな?」

「おそらく」


思いがけず自分の名前が出て、私は動揺する。


「えっ、ちょっと待ってください、じゃあ私のせいで……?」

「お前のせいというわけじゃない。ただあの男がとんでもなく馬鹿な真似をしただけだ」

「で、でも……傷ついた方がいます……」

「傷つけたのはお前じゃない。あの男だ」



イリヤ王子が、あろうことか隣国の王子妃と関係を持った――という噂が、このところまことしやかに囁かれていた。

イリヤ王子ならやりかねない、という声もあった一方、西の国と隣国の力関係を考えるとさすがにそんなことはありえないだろう、との見方が強く、公の場で取り沙汰されることはなかった。



『あの男は、いざとなれば無理矢理奪うこともある。本当に欲しくてしかたないときには手段を選ばない』

『ただ、それは二国の関係が良好なら、その分だけ難しくなるだろう。あれはそのことが判らないほど馬鹿じゃないはずだ』


彼も以前、そう言っていた。

西側の力関係は詳しくはわからないけれど、イリヤ王子の国は隣国から武器を融通してもらっている。『奪っていい』相手ではなかった。

だから私も、悪意のある噂だと思っていたのだけれど――



「噂を信じるならだけど、あちらのお妃の方から誘惑したらしいね。罠にかけよう、と企むほどの頭も度胸もあのお姫様にはないだろうから……単純な浮気心かな」

下手をすればあちらの王子に斬られていてもおかしくないほどのことだ。だけどそれがなかったのは、やはり噂通りのことがあったからなのだろう。


「幸い、と言っていいのか……あの妃は政治に全く関わっていないし、それでもいいからと王子が無理矢理娶ったようなものだったからな。妃も嫁ぎ先に馴染もうとしなかったというから、国の内情が筒抜けになることは避けられたんだろう」

「どこかで聞いたような話だけど、リンさんが優秀かつカズマにベタ惚れでよかったよね、うちは」

「……父上」


王様の冗談にどう反応していいかわからない私は、慌てて話を軌道修正する。



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