▼ 52:長い夜
丁寧に、ゆっくりと、焦らすように彼は私に触れるから、どんどん苦しくなる。
違う自分になっていくような怖さと、彼に触れられるまで知らなかった、恥ずかしい感覚。
自分の指を強く噛んで、なんとか声をこらえる。
そのしぐさと呼吸の乱れで、彼に見抜かれてしまう。
口元にあてがっていた手をどけられて、こらえていたことを罰するように、ますます私の余裕をなくしていく。
そうしたらもう、こらえることなんてできなくなる。
自分のこんな声は、聞きたくないのに。
どけるために掴まれていた手が軽く引かれて、そうすることに何の意味もないはずなのに、彼は私の『真似』をする。
軽く歯を立てられた人差し指から、全身に痺れが走る。
噛み付くだけで、舌でなぞるだけで――彼は何も言わない。
私に触れる手も、緩めない。
何か。
せめて何か言ってくれたら、少しは意識を散らすことができるのに。
助けてほしくて、彼の名前を呼ぶ。
お願いだから、と。
もう限界だから、と。
それなのに、呼んだ名前が引き金のように、丁寧さが、消える。
止まらなくなる。
こらえようと努力することすら、もうできない。
恥ずかしい。
はしたない。
私ひとりだけ、おかしくなってしまっているようで。
だけど、滲んだ視界で見上げる先に。
荒い息遣いで、少し苦しそうに私を見つめる、彼がいる。
彼の頬を伝った汗が、私の胸元に落ちる。
ああ、どうして私はこのひとに、こんな瞳で見つめられているのだろう。
その熱にあてられたせいだ。
見つめられるだけで、身体の奥が疼くような気がするのは。
たまらなくて、もっと、と言ってしまいそうな自分が恐ろしくて、彼の汗ばんだ背中に腕を回す。
きゅっと力を込めれば、彼が大きく息を吐く。
隠しようがないほどに熱を帯びた声で、彼が私の名前を呼ぶ。
彼の声が呼ぶ名は、私から考える力や躊躇いや羞恥を、あっさりと奪い取ってしまう。
ただひたすら、何もわからなくなるまで溺れていく。
――私にできることは、それだけになった。
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