▼ 05:手合わせ
ある日、ユキと散歩をしていると、近くで何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。
音のする方に行ってみると、彼とカザミ将軍が剣を交えていた。
と言っても、本物の剣ではなく、練習用の棒きれのようなものを使っている。
彼はカザミ将軍には敵わないと聞いていたけれど、私の見る限り、今は彼が押し気味だった。
剣をふるう彼は、いつもと違う表情で、まとう空気もより凛々しい。
私は思わず見入ってしまっていた。
――すると、つばぜり合いの状態から、カザミ将軍が彼に何かを囁いた。
その瞬間、彼の動きが固くなり、カザミ将軍が彼の手を強く打った。
「……っ!」
彼は剣を取り落とす。
勝負ありだった。
「カズマ様!」
私は、思わず名前を呼んで、彼のところに駆け寄った。
カザミ将軍が私に会釈をし、「軟膏と包帯を持って参りましょう」と去っていく。
悔しそうな表情の彼は、私を見てますます苦い顔をした。
「見るな」
「え?」
目を合わさない彼の言葉に、私はきょとんとした。
「格好悪い」
まるで拗ねた子供のような言い方をするものだから、私は少し笑いそうになった。
「かっこわるくなんかなかったですよ。カズマ様が強いのは知ってます」
他の兵士が相手なら、涼しい顔でのしてしまえるくらいの実力だ。
むしろ、カザミ将軍に対するときの必死な表情が新鮮だった。
彼は、まだ顔をしかめたまま、呟いた。
「今日は本当なら俺が勝っていた。カザミ将軍の卑怯な手口と、……お前のせいで負けた」
「わ、私!?」
思いもかけない苦情に、私は驚く。
すると、
「実戦では卑怯な手口も折り込み済みで勝たなくてはならないでしょう。それに、お妃様のせいではありませんよ」
カザミ将軍が救急箱を持って戻ってきた。
王様と少しだけ雰囲気が似ているカザミ将軍は、顔だけ見れば文官のようだ。
穏やかな笑顔で、カザミ将軍は私に言った。
「『お妃様が見ておられますよ』と、私が申し上げたのです。殿下はそれで動揺なさったのですよ」
ふっと笑うと、カザミ将軍は私の手に救急箱を預け、「慰めて差し上げて下さい」と言い残して帰っていった。
残された私は、何と言っていいかわからない。
笑えばいいのか、照れたらいいのか、私のせいじゃないと抗議すればいいのか。
彼が、不機嫌そうな顔でこちらを見た。
「お前が来なけりゃ勝ってた」
そんなに負けたのが悔しいのだろうか。
それとも、私の前で負けたのが悔しいのかな、と少しうぬぼれてみる。
彼は、私の前に腕を差し出すと、ぶっきらぼうに言った。
「だから、責任取って治療しろ」
私は思わず吹き出した。
「はい、かしこまりました、カズマ様」
今日の彼は、まるで駄々っ子みたいだと、ほほえましく思いながら、私は救急箱のふたを開けた。
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