my beloved | ナノ


▼ 41:空白の記憶


『リン』

『リン、ここにいろ』


夢の中にまで彼の声が響き続けていた。

呼ばないでほしいのに、呼んでほしい。――わけのわからない感情が、からだから消え去らない。



「……もう、朝」

ゆっくり起き上がり、ぼんやりと呟く。


隣を見ると、彼はまだ眠っていた。

無防備な寝顔に頬が緩みかけて、はっとする。

昨日何度も私を呼んだその声を思い出してしまい、私は慌てて首を振った。


大急ぎで夜着のボタンを留めて、私はベッドから飛び出す。

床に、彼の上の服が脱ぎ捨てられている。


それをきれいに畳んでいると、


「……リン?」

背後から低い声がして、私はびくりと硬直した。


彼は、寝起きに私の名前を呼ぶことが多い。


「……お、おはよう、ございます」

不自然な笑顔でぎこちなく振り返ると、彼は眉をひそめた。

ベッドを降りると、私の目の前に立って少し腰を屈める。


「どうした。何かあったか」

「な……にかって……その……っ!」

私は顔をまっかにして目を逸らす。

そんな風に近づかれたら、耳の奥にまた声が響き始めてしまう。――思い出してしまう。


彼はさらに怪訝そうな顔をした。


そして、私の手にある服と上半身裸の自分を見比べて、

「……まさか昨日、俺が何かしたか」



え――?それはつまり……

「お、覚えてないんですか!?」

私が大声をあげると、彼は少しだけ動揺を見せた。

「……父上の部屋を出たところまでは、覚えている」

「そ、それって全部忘れるってことじゃないですかっっ!!!」



それはつまり、昨日のことを、私だけが覚えているということで……彼が覚えていてもそれはそれで恥ずかしいけれど――でも――


「……悪かった。記憶をなくすなんてどうかしてる。こんな飲み方はもうしない」


彼は、めずらしく自己嫌悪の表情を浮かべた。今までになかったことなのだろう。


「そ、そんな風に謝られたって……」

私は俯いたまま、小さく呟く。



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