▼ 36:真夜中の悪夢
すごく、怖い夢を見た。
跳び起きて、夢だとわかって安心しても、微かな震えが止まらない。
彼を起こしてしまってはいけないと、寝室を出て続き部屋のソファに腰掛けた。
落ち着こうと深呼吸をしていても、なかなか感情の波がおさまらなくて、私は自分を守るように膝を抱えた。
顔を伏せてため息を繰り返していると、右側から声がした。
「悪い夢でも見たか」
顔を上げると、いつの間にか彼が隣に座っている。
「カズマ様……」
彼の顔を見たら、涙があふれてきた。
彼の袖を両手で掴んで、私は子どものように泣きべそをかいた。
「カズマ様が……っ、死んじゃう夢を、見たんです……」
彼は一瞬眉をひそめ、私を抱き寄せた。
「心配しなくても俺はお前より先に死ぬ予定はない」
「っ、だめです!私が、カズマ様より長生きするんです!」
私はいやいやをするように首を振った。
彼は幼い頃に母親を亡くしている。
大切なものを失う辛さを、もう知っている。
だから、私は絶対に、彼に辛い思いをさせたくないと――させないと、決めていた。
そしてそれはつまり、さっきの夢は、いつか確実に訪れる未来だということだった。
彼は私の頬をやさしくつねった。
「そんな情けない顔して、何言ってる」
私は涙を止めようと努力しながら、ひたすら首を振る。
私は先に死なないんだと言いたくて。
「夢でさえそんなに泣くお前に、」
彼は、あふれる私の涙を拭いながら言った。
「俺が死んでも悲しむなとは言わない。言ったところでお前は悲しむ。――だから俺にできるのは、お前を悲しませないように一秒でもお前より長く生きることだけだ」
いつもどおりの口調だけれど、真剣さが伝わってくる。誠実な心も。
だけど私はまた大きく首を振った。
「だったら、カズマ様だって悲しいはずです!」
その言葉に、彼は小さく笑った。
「母上が死んだとき――父上がカザミ将軍に言っていた。『こんな思いをするのが、あのひとじゃなくてよかった』と。俺も同じだ」
「……っ!だからそれは私だって、」
彼は、私の頭をやさしく撫でた。
「お前が俺に与えてくれているものを考えれば、そのくらいのことは引き受けられる」
「私は何もあげてなんか……私がいっぱい貰ってるのに!」
「そう思ってるのはお前だけだ」
彼が私の肩を引き寄せて、私はまた彼の腕に包まれる。
「お前は、今の俺だけを見てればいい」
殺し文句のような、そんな言葉をさらりと言いながら、ぽんぽんと私の背中をやさしく叩く。子どもにするみたいに。
「……はい」
私は、目を閉じて素直に頷いた。
しばらくして、彼が少し不機嫌そうな声で言った。
「ひとつだけ、不満がある」
「えっ!?な、何ですかっ?」
私が慌てて顔を上げると、いつもより深く眉間にしわを寄せた彼が、こちらを見下ろしていた。
「こういう時は真っ先に俺を起こせ、馬鹿」
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