▼ 33:どきどきさせたい
私は彼を手玉に取っているらしい。
マリカさんの言葉は、私にはとても信じられなかった。
だって、私はいつもいつも、彼の言葉やしぐさにどきどきしているのに、彼が私にどきどきしているところなんて見たことがない。
「どきどき、させたいなあ……」
今日も部屋に居座っているユキの前にしゃがみ込み、鼻をつんとつつく。
床に寝そべってぼんやりしていたユキは、ぴくりと反応し体を起こす。
お行儀よくこちらを向いて座るユキに、私は話しかけた。
「ユキ、やっぱりどきどきさせるにはどきどきするような言葉を言ったほうがいいよね?」
ユキは首を傾げる。
「ね、ユキ。練習台になってくれる?……ほら、やっぱり、いきなりは恥ずかしくて言えないじゃない?」
ユキはまた首を傾げたけれど、私はかまわず練習を始めることにした。
「えっと、どきどきする言葉って……そうだ!あのっ、カズマ様、あ…あああああ愛してますっ!あああ〜だめっ!これは恥ずかしすぎるっ」
「じゃあ……カズマ様が隣にいると私いつもどきどきします……ってこれじゃ逆っ!いつもと同じだよ」
「あっ!……ええと、カズマ様、あの、ぎゅってしてください……ちがう!これじゃあわがままっ!」
「たまには好きだって言われたいなあ……じゃなくて!頭をなでてほしいです……でもなくて!手とかつなぎたいです、じゃなくて……な、なんでさっきから全部私の願望になっちゃってるんだろう」
私は途方に暮れた。
私だけがどきどきするのが悔しくて、彼をどきどきさせたいはずなのに、彼にどきどきさせられることばかりを考えてしまっているみたい。
「カズマ様に不満なんてないのに、すごく幸せなのに……人間ってわがままな生き物なんだね、ユキ?」
ユキはなんとなく、頷いたように見えた。『犬を見習えよ』なんて思っているのだろうか。
そう、ほんとにわがままだと思う。
彼に幸せをたくさんあげたいのに、気付いたら欲しがっているなんて。
そして、私が持っているものなんて、たったひとつの気持ちだけだ。
「やっぱり、私がカズマ様に伝えたいことって、『だいすき』が一番かなあ。だけどそんなの当たり前すぎて、どきどきするのは結局それを言う私だけだもんね」
ユキの頭をなでながらため息をつく。
――すると、背後から聞き慣れた声がした。
「そうでもないぞ?」
私はぎくりとして振り返る。
ドアに軽く背中を預け、いつもの仏頂面で立っていたのは、彼だった。
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