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王宮の庭は広く、一周するだけでちょっとした運動になりそうなくらいだ。
元気よく歩くユキから少し遅れて私と彼も庭を歩いている。
「お前たしかこの池に落ちたな」
「お、覚えてるんですか」
「あんな阿呆なことを忘れるわけがない」
『何気ない会話も幸せ』なんて言うけれど、こういう恥ずかしい過去を思い出すようなのは、いたたまれない。
私は小さくなって「妃失格でごめんなさい……」と情けなくつぶやく。
「いまさら謝ることじゃない」
普段の彼の言葉は、本当に私のことを好きなのかと疑いたくなるようなものが多い。
だから最初の頃は、彼の気持ちを『わかりにくい』と思っていたのだけれど。
今は、そっけない言葉でさえも、声に表情があるみたいに愛情を感じることができる。
そんなことに気付けるようになった自分が嬉しくて、自然に笑顔がこぼれる。
『笑っていれば』とマリカさんは言っていたけれど、それは努力しなくても意識しなくても、彼といるだけで勝手に叶ってしまう。
やっぱり私がもらってばかりだ、と思った。
だからせめて、
「こうしてれば、もう池に落ちたりしないです、よね?」
そう言って、ぎこちなく彼の手を握る。
自分でも不自然だなと思うくらい、うまくできなかった。それでも、勇気を出したのだけれど。
彼は一瞬目をまるくしてから、意地悪く笑った。
「へたくそ。顔が真っ赤だぞ」
「っ!」
顔を隠すために、反射的に離しかけた手を、彼が強く握り返す。
「俺しか見てないところで隠すな」
その言葉にますます頬を熱くしながら、彼に手をひかれてまた歩き出す。
やっぱり今日も、彼には勝てない。
だけど、私が嬉しいことは彼も嬉しいのだとしたら、今、私は、彼に何かを与えられているのかもしれないと思った。
「一緒に池に落ちる可能性もあるな」
「も、もうこれ以上からかわないでください!」
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