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「何をおっしゃってるんですかお妃様!王子殿下はお妃様のことを溺愛してらっしゃるではありませんか!」
女官の一人が高い声を上げた。
毎日することがない私は、時々女官たちとお茶をしたりする。
厨房にこっそり入ってクッキーを焼き、紅茶をいれてお喋りに興じる。
「慣例では夫婦別々の部屋でお休みになるものですのに、陛下に無理を言って同じ寝室になさったんですから!」
私はクッキーを取り落とした。
この国には他に『妃』がいないから、知らなかった。
王妃様は遠い昔に亡く、王様には側室もいない。
毎晩背中を向け合って眠っているというのに。
無理を、言って?
想像がつかなかった。
「そんなに愛されてらっしゃるのに、殿下の魅力がわからないだなんて、お妃様、殿下がお泣きになりますわ!」
むしろ自分が泣きそうな表情で言う女官に、私は呆れた。
「マリカさん、殿下が泣くなんてありえないですよ。今日だって私にそれは冷たい目で『お前は馬鹿か』って言ってきたんですから」
「お妃様!お妃様は、ふだんはクールな殿下の見えない優しさにもっとドキドキするべきですわ!」
―――結局、マリカさんに説教されてしまった。
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「お前はまた、自分でクッキーを焼いて女官に振る舞ったのか」
先にベッドに入っていた彼の言葉に、私はぎくりとして振り返った。
「ご存知で……」
「執務室から見えた」
彼は気付いていないと思っていたのに、『また』ということは、以前からばれていたらしい。
「あの、いろいろとわきまえてない、ですか……」
「そういうことじゃない」
彼は、無表情でこちらを見る。
「なぜ俺より先に女官が食っているのかと聞いている」
「えっ!あの……食べたかったんですか!」
慌てて問うと、彼は眉間にしわを寄せた。
「そういう問題じゃない」
そしてその目でしばらく私を見た後、無言で背を向け横になってしまった。
『陛下に無理を言って同じ寝室に』
マリカさんの言葉が蘇る。
なんというか、どうやら、本当に私はこのひとに好かれているらしかった。
私の頭の中で、彼の性格を記した項目に『意外とやきもちやき……?』が追加された。
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