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しかし、
「……お前、この状況でその選択肢は、どっちを取っても拷問だと、わかってるのか」
彼が苦々しくつぶやいた。
「えっ……?」
「それでなくても熱のせいで変な気分になってんだ、知らねえぞ……」
いつもより乱暴な口調でそう言って、私の首筋に手をかける彼。
嫌な予感がする。でもまさか。
「そんなこと言って……だまされませんから、……っ!」
最後まで言わないうちに、彼が私の頭を引き寄せて唇を塞いだ。
「この、ヘタクソが」
「っ!やっ、か、」
「やめてほしかったらおとなしく部屋から出ると言え」
「……!」
状況がひっくりかえされたのがわかった。
私を罰するみたいに、いつもより数段、恥ずかしいキスをお見舞いしてくる彼に、抵抗できない。
風邪なんかうつらなくても、私も発熱してしまいそうだった。
だけど、これだけは譲れない。
だって私のせいで風邪を引いたんだから。
「……っ、だめですっ!出ません!」
唇が離れた瞬間に、私が必死の思いで断言すると、彼はものすごく眉間のしわを深くした。
「お前……」
そう言う彼の手から、ふいに力が抜けたと思うと、彼はあろうことか気を失ってしまった。
「か、カズマ様っ!!!!」
私は大慌てで医師を呼ぶ。
熱が少し上がっているが、特に問題はないとのことだった。
「まあ、おとなしく気を失ってくれとる方が、看病もしやすいでしょう」
医師はカラカラと笑う。
だけど私は、もうどうしたっていたたまれないない気持ちで、俯くしかできない。
ある意味、初めて彼相手に勝利をおさめたというのに、とても喜ぶどころではなかった。
結局、元々同じ部屋で寝起きをしているのだからうつるならとっくにうつっているだろう、とのことで、私は彼の看病係になることを許された。
あれだけ密着したというのに、私は何の症状も出なかった。
そして、彼の風邪は次の日の朝にはすっかり治り、周りの者たちは安堵した。
だけど私も彼も、あの攻防戦のことは話題にはしなかった。
お互いに、いろんな意味で恥ずかしすぎたからだ。
もし私が次に風邪を引いたら、おとなしく看病してもらおう、と心に刻んだ。
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