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「おい」
沈黙を破った彼の声に、私はびくりと肩を震わせた。
すると、彼は思いがけない言葉を口にした。
「お前は、この結婚を政略結婚だと思っているのだろうが、はじめに言っておく。俺はお前と結婚したかった。だから今、お前と俺はここにいる」
「…………え?」
状況が理解できなかった。
確か、私と彼は初対面のはず。
思考を読んだように、彼は言う。
「どこで俺がお前を知ったのかなどということは今はどうでもいい。とにかく、俺はお前と結婚したかったから、した」
二度も言われてしまった。
「あ、あの……」
「だが、お前は俺に何の感情も持っていないだろう。だから、お前が嫌がることはしない、今は」
彼のペースで話が進んでいるが、とにかく、彼は今日、私をどうこうする気はないらしい。
そのことに、驚くほど安堵する。
すると、彼はもう一言、付け足した。
「ただし、お前がいずれ俺に惚れたら、お前から言え。そうしたら、俺は遠慮も容赦もしない」
「は……、あの、つまり、私が殿下のことを好きにならなければ、ずっと何もしない、という意味ですか」
「そうだ。だが、そんなことにはならないだろうな」
口の端だけで、彼は笑った。
『不敵』という単語が頭に浮かぶ。
「それから『殿下』というのはやめろ。名前で呼べ」
「えっと、カズマ様、ですか」
「様もやめろ」
「それはさすがに……」
「ではいずれはやめろ」
「は、はい」
それだけ言うと、彼は、私に背を向けて寝転んだ。
「お前も寝ろ」
「は、はいっ」
人一人分のスペースを空けて、私も横になる。
新婚初夜に、告白のようなものをされて、そのくせ背を向け合ったまま眠る、なんて、これは一体どうなっているのだろう。
わけがわからないまま、私は疲れに身を委ねて、深い眠りに落ちた。
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