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「……っ、いい加減、に……」
少し乱暴に肩を掴まれて、引き剥がされる。
怒っているような、というよりは切羽詰まった表情の彼が視界に入った――と思うと、今度は彼に唇を塞がれて、そのままソファに身体を倒された。
「カズマ様っ」
呼吸を奪われるようなくちづけの合間に、彼の名前を呼ぶ。
「カズマ様っ……」
『今』だけを見てほしくて、他のことは忘れてほしくて、何度も名前を呼ぶ。
「……リン」
時折、零れるように私を呼ぶその声に、表情に――私の方が全て奪われてしまっているけれど。
「カズマ様、」
大好きです。
どこにも行きません。
ずっとそばにいます。
だから、不安にならないで。
伝わってほしいと願いながら、彼の名前を繰り返し呼び続けた。
****
「カズマ様こそ、イリヤ殿下を買い被ってると思います」
彼の腕にくるまれて眠気と闘いながら、ぽつりぽつりと会話を交わす。
「お前にしては辛辣なことを言うな」
「大嫌いですから!悪口を言うって決めてますから!」
「まだそれは続いてたのか」
「……本当はまだちょっと、怖いですけど」
彼が、少し心配そうに私の髪を撫でる。
さっきまでの感情の揺らぎは、もう彼の表情からは消え去っていた。
「カズマ様。私、イリヤ殿下と話をしてみたいです」
「……は?」
おそらく予想もしなかったことを言われて、彼は目をまるくした。
でも、今日の昼間から考えていたことだった。
「カズマ様と協力しあえたらって持ち掛けたのも私ですし、イリヤ殿下とこれからどう付き合っていくか、見極めないといけないでしょう?」
「そんなことは俺が、」
「話してみて『たいしたことないんだー!』って、怖いのを克服したいんです」
「そんな無駄なことをさせる時間はないし、必要もない」
「あのひとがカズマ様のことをどう思ってるのか、聞いてみたいんです。私が」
「……気色の悪い表現をするな」
イリヤ王子の歪んだ憧れ。
それはもしかしたら、私の彼への気持ちと、どこか似ているのかもしれない。
なんとなくずっと、そんな気がしていたのだ。
それを知ってどうするのか、と言われれば――どうしたいのか私にもわからないけれど。
知らないと断ち切れない、という気はしている。
「だめですか……?」
「駄目だ」
結局、彼の許可はもらえなかった。
でも来週には西の国へ行くのだから、そこで話す機会はあるかもしれない。
「相手が失脚して、安全が確保された途端『話してみたい』なんて、私もじゅうぶん卑怯ですよね」
冗談めかして言うと、彼は「そういう問題じゃない」と顔をしかめた。
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