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彼は、髪をかきあげながら、静かに息を吐いた。
「結局のところ、そんな自分の感情を突き付けられるから、俺はあの男が嫌いなんだ」
「……」
「統治者としても、夫としても……愚かでしかないと、思い知らされる」
考えすぎです、と言ってあげたいのに言葉が出ない。
私がイリヤ王子の悪意に、勝手に振り回されていたように――彼も。
酔っているとはいえこんな風に話してくれるということは、少しは私に甘えてくれているのだろうか、と場違いな喜びが頭を過る。
私は、慌ててそれを振り払った。
「私は、カズマ様のために何かできますか……?」
責めてほしいのか、笑い飛ばしてほしいのか、どちらでもないのか。
わからなくて、問いかける。
「俺はこれ以上、愚かになるわけにはいかない」
肯定も否定もできない私を彼が見つめる。
「いなくならないでくれ」
「……私、いなくなりませんよ?」
「わかってる」
彼は、私の頬を軽く撫でた。
「そばにいてくれ」
柔らかいそのしぐさとは裏腹に、声には懇願の響きがあった。
「そんな、当たり前のこと……」
――未来は『今』の繰り返しだ。
――未来が欲しければ、今だけ見ていろ。
彼が、私にそう教えてくれたのに。
いつもとほとんど表情は変わらなくても、確かに伝わってくる不安……のようなもの。
いつも強いだけの人なんて、いない。
彼だって、理由があって強くあろうとしているだけで。
父親の期待に応えるため、国を背負って守り切るため、それからたぶん、私のためにも。
『今だけ見ていろ』
それはきっと――彼自身が強くありたくて、かけてくれた言葉だったのだ。
「カズマ様」
だったら私も同じように返したい。
彼がありもしないことで不安になったりしないように。それで自分を嫌いになったりしないように。
今だけを、彼が見ていられるように。
「私、カズマ様が大好きです」
隣に座る彼の方へ、身を乗り出す。
首に腕を回して、全身を押し付けるように抱きしめた。
私がここにいる、と感じてほしくて。
「カズマ様も、言ってください」
「リン……?」
目を見ながらではとても口にできない言葉を、彼の首筋に顔を埋めて囁く。
「好きって言ってください……」
「……」
彼の微かな戸惑いが伝わってきて、恥ずかしさに顔が熱くなる。
そんなことも見抜かれてしまっているはず。それでも私は、催促するように、抱きしめる腕に力を込めた。
「……好きだ」
まるで隠しごとがばれたみたいに、彼が呟く。
「俺はお前が好きだ、リン」
「……っ」
胸がぎゅっと締めつけられて苦しくて――私は躊躇いも忘れて、彼にキスをした。
『お前が悪い』と、彼がいつも言っている意味が、わかったような気がする。
「っ、」
目を閉じていても、彼の動揺は伝わってきた。
それがますます、私から理性を奪っていくようで、重なった唇を離せない。
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