▼
私がどう反応していいか決めかねていると、
「俺は、お前を失ったら自分が何をするのか、どうなってしまうのかわからない」
話が、またも飛躍した。
しかも――
「あの、え……?私、ですか……?」
思いがけず自分に矛先が向いて、動揺する。
「失うって、そんな……私、ここにいます。イリヤ殿下ももう、」
「わかってる」
彼は、酒瓶を杯に傾ける。これ以上飲まないでください、と声をかけるタイミングが掴めなかった。
「失うことをを恐れてお前の自由を――心を縛り付けてしまうことも、怖い」
「そんなこと、」
言いかけて、思い出す。
私が、自らの不安で彼を傷つけてしまった、いつかの夜。
『誰の目にも触れない場所へ、お前を連れて逃げれてしまえたらと、俺以外の誰もその目に映してほしくないと――そう願ってさえいることを、どうすれば……』
あの夜も、彼はあんなことを言いたくはなかったはずだ。私が言わせてしまったのだ。
彼が彼自身を嫌悪してしまうような、本音を。
「カズマ様、でも……カズマ様はそんなこと、しません」
「父上も、そう思っているだろうな」
「え?陛下、ですか?」
「父上は、俺のそういう危うさを見抜いている。だがその父上でさえ『みすみす弱点になどしないだろう』と思っている。俺は頭がかたいらしいからな、道を外れることはできない人間だろう、と」
頭がかたい、とは王様がよく彼を評する言葉だし、彼が道を外れることがないだろう、という見方は、私も同意見だ。
けれど、彼自身はそう思ってはいないらしい。
「買い被っているんだ、父上も……お前も、周りも皆」
「そんな、」
「お前への好意がわかりやすい、なんて言われても……本当のところをわかっている者はいない。その好意を一皮剥けば、どれだけ醜いか」
「っ、醜いだなんて……私はそんなこと、一度だって思ったことありません!当事者である私が言うんだから間違いないです!」
思わず声を荒らげると、彼は僅かに目を細めて、少しだけ穏やかな表情になった。
ありがとう、と頭を撫でる。
しかし、次の瞬間には、彼の顔は苦しげに歪んでいた。
本当に、聞いていいのだろうか――この先を。
だけど、彼は望んでお酒を呑んだのだ。私にこの先を、聞かせたくて――?
聞かせたいのか、知られたくないのか――彼自身にもわからなかったのだろうか。
そして、彼は口を開く。
「あの男が自滅してくれて、ほっとしたんだ」
手の中の杯を見つめながら。
「あんな子供騙しに揺さぶられている自分を、これ以上自覚しなくて済む」
私と、視線は合わない。
「俺自身が……自力で抑え込むべき感情なのに。揺さぶる者が消えてしまえば考えなくて済む、蓋をしておけると」
「…………」
それは――当たり前のことだと思うのに。
王になる彼は、それを自分に許すことができないのかもしれない。
「違う」
しかし私の心を見透かしたように、彼がゆるりと首を振った。
「お前を守るなんて言って、奪おうとしているのは俺かもしれない」
「奪うって……私はずっと前からカズマ様の妻です。奪うところなんて、残ってないじゃないですか」
「そんなことはない。だから醜いと言ったんだ」
彼の言いたいことが、私には理解できない。
あの夜聞いた彼の本音も、私を失いたくないと言ってくれる今日の本音も、そんな醜いものにはちっとも思えなくて。
prev / next
(2/4)