my beloved | ナノ


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私がどう反応していいか決めかねていると、


「俺は、お前を失ったら自分が何をするのか、どうなってしまうのかわからない」


話が、またも飛躍した。

しかも――

「あの、え……?私、ですか……?」


思いがけず自分に矛先が向いて、動揺する。


「失うって、そんな……私、ここにいます。イリヤ殿下ももう、」

「わかってる」


彼は、酒瓶を杯に傾ける。これ以上飲まないでください、と声をかけるタイミングが掴めなかった。


「失うことをを恐れてお前の自由を――心を縛り付けてしまうことも、怖い」

「そんなこと、」


言いかけて、思い出す。

私が、自らの不安で彼を傷つけてしまった、いつかの夜。


『誰の目にも触れない場所へ、お前を連れて逃げれてしまえたらと、俺以外の誰もその目に映してほしくないと――そう願ってさえいることを、どうすれば……』


あの夜も、彼はあんなことを言いたくはなかったはずだ。私が言わせてしまったのだ。

彼が彼自身を嫌悪してしまうような、本音を。



「カズマ様、でも……カズマ様はそんなこと、しません」

「父上も、そう思っているだろうな」

「え?陛下、ですか?」

「父上は、俺のそういう危うさを見抜いている。だがその父上でさえ『みすみす弱点になどしないだろう』と思っている。俺は頭がかたいらしいからな、道を外れることはできない人間だろう、と」


頭がかたい、とは王様がよく彼を評する言葉だし、彼が道を外れることがないだろう、という見方は、私も同意見だ。


けれど、彼自身はそう思ってはいないらしい。


「買い被っているんだ、父上も……お前も、周りも皆」

「そんな、」

「お前への好意がわかりやすい、なんて言われても……本当のところをわかっている者はいない。その好意を一皮剥けば、どれだけ醜いか」

「っ、醜いだなんて……私はそんなこと、一度だって思ったことありません!当事者である私が言うんだから間違いないです!」


思わず声を荒らげると、彼は僅かに目を細めて、少しだけ穏やかな表情になった。

ありがとう、と頭を撫でる。


しかし、次の瞬間には、彼の顔は苦しげに歪んでいた。


本当に、聞いていいのだろうか――この先を。

だけど、彼は望んでお酒を呑んだのだ。私にこの先を、聞かせたくて――?


聞かせたいのか、知られたくないのか――彼自身にもわからなかったのだろうか。



そして、彼は口を開く。

「あの男が自滅してくれて、ほっとしたんだ」


手の中の杯を見つめながら。


「あんな子供騙しに揺さぶられている自分を、これ以上自覚しなくて済む」


私と、視線は合わない。


「俺自身が……自力で抑え込むべき感情なのに。揺さぶる者が消えてしまえば考えなくて済む、蓋をしておけると」


「…………」

それは――当たり前のことだと思うのに。

王になる彼は、それを自分に許すことができないのかもしれない。


「違う」

しかし私の心を見透かしたように、彼がゆるりと首を振った。


「お前を守るなんて言って、奪おうとしているのは俺かもしれない」

「奪うって……私はずっと前からカズマ様の妻です。奪うところなんて、残ってないじゃないですか」

「そんなことはない。だから醜いと言ったんだ」


彼の言いたいことが、私には理解できない。

あの夜聞いた彼の本音も、私を失いたくないと言ってくれる今日の本音も、そんな醜いものにはちっとも思えなくて。


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