▼ 63:卑怯者
イリヤ王子の王位継承権剥奪――この報せを聞いたその夜。
自室で彼が一人、お酒を呑んでいる。
私が湯浴みを済ませて戻った時にはもう、空の瓶が数本並んでいた。
しかも以前彼が酔って記憶をなくしたあのお酒だったから私は慌てて止めようとしたのだけれど、彼は「あの時の半分も呑んでない」と気だるげに答えた。
「そのお酒、まずかったって言ってましたよね?どうしてまた呑んでるんですか……?」
「……」
彼は返事をしない。
「……イリヤ殿下のこと、何か気にかかるんですか?」
「……いや」
でもタイミングからしてその件が無関係とは思えなかった。
どことなく苛立っているような空気を感じて、私は不安になる。
「あの、もしかして……今回のこと、私にも責任があるから……怒ってますか……?」
「お前に責任なんてない」
即答が返ってくる。
「でも、」
「悪い、余計な気を遣わせたな。違うんだ、ただ……自分に少し嫌気がさしただけだ」
言いたくなかった、という表情で彼は呟くけれど、ますますわけがわからない。
「あの……?」
「お前は何も悪くない」
そう言って彼は、しばらく杯を重ねた。
****
気づくと、彼はソファに深く腰掛けたまま、目を閉じていた。
こんな彼の姿は珍しい。疲れているのだろうか。
心配になって隣に腰掛け、肩を叩く。
「カズマ様、大丈夫ですか?眠たいなら寝室に行きましょう?」
「……起きてる」
彼の声は掠れていた。
私は、水差しからグラスに水を注ぎ、彼に勧める。
「……」
くい、と飲み干した彼は、グラスをテーブルに置くと――不意に私の目をじっと見つめた。
「あの、カズマ様……?」
まだ寝ぼけているような、少しぼんやりとした瞳。
そこに彼の怒りや不安が潜んでいるように思えて、戸惑った。
「あの男より余程、俺は卑怯だ」
ぽつり、と零れた言葉に、虚をつかれる。
「え?あのカズマ様……話が、見えません」
思いもかけないことで、何がどうなってそんなことを彼が言い出したのかわからなかった。
あの時とは様子が違うけれど、かなり酔っているのは間違いないようだ。
最近は弱さも見せてくれるようになったけれど、いつもの彼は、こんな風に闇雲に負の感情をさらけ出したりしない。
『俺は卑怯だ』――彼は今、望んでその言葉を口にしたのだろうか?
「……私が聞いていいことですか?もしも話したくないことなら、」
「もう遅い」
彼が、自虐的に笑う。
そんな表情も、見慣れないものだ。
prev / next
(1/4)