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「……たいしたことないって、わかってるんです」
「ああ」
「信用していないわけでもなくて」
「ああ」
「ただ……ユキがここにいなくて、姿を見ることができなくて、触れることができなくて……私にできることが何もないから、不安なんです」
「そうだな」
「もしも、って頭をよぎっても、打ち消す材料がないから、不安なんです」
私の現在進行形の不安と、彼の遠い昔に乗り越えた悲しみが、交差する。
そしてふと、思い出した。
私は、彼がいるから強くなりたくて。
彼がいるから、少しずつでも強くなれていて。
だから、彼には『強く見せる』ことは無意味なのだと。
「……ぎゅってしてもらっていいですか?」
彼が、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
何も言わずに、彼は私の背を撫でる。
鼻先に彼の香りを感じると、自分の鼓動が落ち着いていくのがわかった。
「……カズマ様」
彼の背に回す腕に、力を込める。
「やっぱり私、強くなりたいです」
ついさっきまでとは全く違う感情で、ついさっきまでと同じことを、思った。
「……ああ」
彼が私の肩に手を置き、瞳を覗き込む。
「付き合おう」
微笑んでいる、と分かるほどに穏やかな表情で、彼は囁いた。
私よりずっとずっと強いはずの彼が、さりげない調子で、囁いた。
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その数日後、ユキは何事もなかったかのような無邪気な様子で私たちのもとへ帰ってきた。
私は拍子抜けしてしまったのだけれど、彼はそんなユキにちらりと視線を向け、すぐに読んでいた本へと視線を戻した。
「あと20年くらいは生きそうだな」
心なしか毛づやも良くなったように見える愛犬を、私は複雑な気持ちで抱き寄せたのだった。
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