my beloved | ナノ


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「今すぐ放せ。本当に斬るぞ」


私とマリカさんの動きを止めたのは、彼の殺気立った声だった。

剣の柄に手をかけている。
扉を開けたのは彼女だろう、伝令役を務めた女官がおろおろと視線をさ迷わせていた。


「斬るって、そんなこと実際できないでしょ?カズマには」

「ああ、そうだな。ここでお前がそいつを滅茶苦茶にする、などという馬鹿げた真似ができやしないのと同じだ」

「俺はやっちゃうかもしれないよ。知ってるよね?」

「ああ、だからその前に斬ると言っている」

「……やっぱ冗談が通じないよね、カズマは。その手、どけてよ、怖いからさ」


イリヤ王子はおどけた表情を作って私の腕を放した。わざとらしく両手をあげてひらひらと振る。


「車輪はとっくに直っている。さっさと可愛い妹のところへ帰ったらどうだ」

彼が私とイリヤ王子の間に割り込み、背中に私を隠した。

イリヤ王子には妹がいて、あまり兄妹仲がよくないと聞いている。

「妹が俺を嫌ってるだけで、俺は妹をかわいがってるよ。だからそんなの厭味にもならないんだけど」

「妹君には同情するな。――マリカ」

彼が呼びかけると、落ち着きを取り戻したマリカさんが進み出た。

「馬車までご案内いたします」



「……つまんない男になったよね、カズマもさ」

乾いた笑いを残して、イリヤ王子は執務室を出ていった。



****



「えらく大胆なことを言ったな、あの男相手に」


彼は、大きく息を吐いて私の執務机にもたれかかるように腰かけた。誰もいないとはいえ王子殿下としてほめられたものではない行動だけれど。


「おかげで出ていきそびれた」


あのやりとりを聞かれていたのは、いろんな意味で恥ずかしい。



「……カズマ様に、教わったことなので」


どんな顔をしていいかわからなくて、言い訳のように呟くと、彼はふっと笑った。


「だが、止めに入るのが遅れた。……痛むか?」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「それならいい。左腕をよく洗っておけ」


彼は、私の髪を軽く撫でると立ち上がった。



「リン」

「っ!はい!」

「お前の言葉を聞いて、冷静さを失わずにすんだ」

「えっ?」

「助かった」

「……えと、カズマ様のために何かできたなら、よかったです」



私のイリヤ王子への抵抗は、ほんとうに小さなもので、あの人の何かを変えたわけでもないし、何が解決したわけでもない。

だけど、王様の言うように少しでも彼を『守る』ことができたのだとしたら――


「父上に会議の報告をしに行く。同席してくれ」

「はい!」


先を颯爽と歩く彼を、私は小走りで追いかけた。



****



『あのひとの何かを変えたわけではない』

それは間違いない。


だけど今日のできごとが、『変化』のきっかけ――いや、引き金になることに、このときの私達は全く気づいていなかった。


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