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「そういうのもカズマに教わったの?あいつが話し掛けてきたらそう言えって?」
彼には、近づくな、相手にするな、としか言われていない。だからこれが『正しい対応』なのかはわからない。
無言で机について、書類を読むふりをする。
「世話が焼けるお妃様だね。カズマも弱点を晒したくなくて必死だよね」
無視を決め込むと、僅かにイリヤ王子が苛立ったのがわかった。
「守ることにこんなに神経すり減らしてさ、好き同士だからいいってカズマは思ってるのかもしれないけど、あんたは?あんたと離れることがカズマの幸せに繋がるんじゃないかとか思わないの?」
来客用のソファに足を組んで腰掛け、イリヤ王子は言い放つ。
始まった、と思った。でも――
「思ってもみないんだろうね。だったらさ、例えばでいいから考えてみてよ。あんたと離れることがカズマの幸せに繋がる、ってことがわかったら、あんたはどうするの?カズマに捨てられたら何も残らないあんただけどさ、カズマの幸せが第一なんでしょ?」
ああ、なんて愚かな問い掛けなんだろう。
そんなものは、とっくに、彼が答えを教えてくれている。
私も痛いほど知っているのに。
そう思うと、いつかの王様の言葉が腑に落ちて、またひとつ、『怯え』のかけらが溶けて消えた。
――――『そんなものは全部、もののわからない子供のやることだ』
書類に落とした視線を上げて、イリヤ王子の目を見る。自分の意志でこの人と視線を合わせたのは初めてかもしれない。
「離れません。だって、カズマ様の幸せは私抜きにはありえませんから」
本当なら、堂々と笑顔で言ってのけたかったけれど――睨むようにイリヤ王子を見つめるのが、今の私の精一杯だった。
「……はっ、すっごい自信」
それでもイリヤ王子の神経を逆なでするにはじゅうぶんだったようだ。
イリヤ王子は音をたててソファから立ち上がると、机のそばに来て、私を見下ろした。
もはや苛立ちを隠そうともしない表情で、乱暴に私の左腕を掴む。
「もうさ、今からカズマのとこ行こうか。あいつの目の前であんたを滅茶苦茶にするのが一番手っ取り早い気がする。――だってあんた、めんどくさいよ」
腕が痛い。やっぱり怖い。
だけど、目をそらしてはだめだ。
「リンさまっ……、」
マリカさんが駆け寄ろうとする。
相手は他国の王子だ。マリカさんを止めようと、私は慌てて腰を浮かせた。
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