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「馬鹿、どうでもいい女の喘ぎ声を聞いたところで興奮するか。安宿に泊まればよくあることだ」
「だ、だったら……」
「だが、」
と彼は囁いた。
「過剰に反応してる奴がいたからな。それを見ていたら欲情した」
「よっ……!」
「このままだと、こちらの声も隣に聞こえるだろうな」
いまや、隣では声だけでなくベッドが軋む音までもが響いていた。
「い、いやっ……!」
思わず両手で口を塞ぐ。
そうすることで、抵抗する手段を失ってしまった。
「リン、」
わざとだ。
わざと耳元で名前を囁いて、彼の手は私の身体に触れた。
「っ……!」
私のすべてを知っている彼は、指先で私を弄ぶ。
こらえきれなくなるぎりぎりのところで、手加減をしているのだろう。
「リン、我慢しなくていい」
甘い声が誘惑する。
首を振って、抵抗する。
声をこらえて私が身を竦めるたびに、彼の手は容赦なく私を追い詰めていった。
「か、ずまさま、……も、いじわる、やめて」
抑えた声で、許しを請う。
「意地悪じゃない」
彼は、目元にかかる私の前髪を、優しく払いながら、囁いた。
そんなことば、信じられない。
例えば、さっきから彼の表情に余裕がなくなっている気がするからって――だからってそんなことば、信じられない。
「声はこらえていい。……顔、隠すな」
口元を覆っていた両手を引き剥がされて、代わりに彼の指が口のなかに押し込まれる。
こらえていい、なんて、やっぱりさっきまでのは意地悪だったのだ。
彼のしなやかな指先が、舌をなぞる。
「……っあ、」
声を上げてしまいそうになり、力を込めて彼の指をくわえた。
もうやめて、と見上げた先に。
「……悪い。俺が、無理だ」
――苦しげなその表情に、身体の奥がひどく疼いた。
それからはもう、何がどうなったのかわからない。
手加減を忘れた彼に触れられながら、必死に声をこらえ続けた。
意地悪していてくれた方がまだよかった、と叫びたくなったことは覚えている。
いつのまにか隣の声は止んでいて、聞こえるのは彼の乱れた息遣いだけになって――何度も何度も波にさらわれそうになるのを、私はどうにか耐え続けたのだった。
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翌朝。
「もう二度と町の宿屋には泊まりませんから!」
半泣きで宣言して部屋を出ると、兵士二人の爽やかな笑顔に迎えられた。
「おはようございます。お妃様、昨夜はよく眠れましたか?」
「…………」
ばつが悪いのをごまかすために彼を睨んでやったのだけれど、素早く目を逸らされる。
「……二度と、泊まりませんから」
彼の背中に向けて、恨みがましく繰り返した。
special thanks:さくとさん
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