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話しながら、隣の部屋が静かになったな、と思っていた。眠ったのだろうか。
こちらがいつまでも話していたら迷惑かもしれない。
そろそろ寝ますか、と彼に言いかけたとき――
「…………っ!?」
薄い壁越しに、女性の声が響いた。
その声は、鈍い私でも、隣で何が起こっているのかわかるような――そういう、声だった。
「あっ!ええとええとカズマ様!し、しりとりしましょうか!しりとり!」
少し声のボリュームを上げて、彼に持ち掛ける。
このまま黙っていても寝てしまっても、隣の声は聞こえてきてしまう。ごまかすにはこちらも多少うるさくしておかないと――
彼が気づいていないことを祈りながら、ちらりと横顔を盗み見る。
「……わざとらしいな」
彼は、呆れた表情をしていた。
「な、なにがですか……わああっ!!!」
ひときわ大きな声が聞こえて、私は思わず叫んだ。
「変な声を出すと兵士が飛んでくるぞ」
「だ、だって、あの……う、うう〜〜〜」
隣の声は、もう切れ目なく聞こえるようになっていた。僅かに残った羞恥は既に消え去ってしまったのだろう。
「疲れでおかしくなったんじゃないか?寝るか」
からかうように、彼が言う。
「ま、まだ起きて……しりとり、」
「阿呆。もう少しましな誤魔化し方はなかったのか?」
彼は小さく笑った。
「まあ、お前らしいといえばらしいが、」
言って、優しい表情で、彼が私の頬を撫でた。
「ふ、ああっ……!!??」
びくり、と肩が跳ねて、情けない声が出てしまった。
きっと彼は何の気なしに触れただけなのに。
隣の声を意識しているのだと、嫌でも気づかれてしまう。
「……」
彼はしばらく無言だった。
隣の声は、相変わらず聞こえている。
と。彼の指が、唇をなぞった。
「んんっ……!」
顔が熱くなって、触れられたところからぞくぞくする。
意識している、どころか、これじゃ――
「何を想像した?」
彼が完全に意地悪モードになってしまった。
徹底的にからかわれる。でも、どうしようもない。
「な、にも……想像してません……さ、さわらないで、カズマ様……」
懇願するように彼の目を見つめる。
彼はからかうつもりで触るのかもしれないけれど、触られた私は……ほんとうに、困る。
すると。
「っ、わっ!?」
狭いベッドの上に、いきなり倒された。
両手を押さえつけられる。
「ま、待っ……か、カズマ様!私のことさんざんからかっておいて!じ、自分だって!」
じたばたしながら抗議すると、彼が人差し指を自分の唇に当てた。静かに、と。
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