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夜。
友人たちは帰って行き、夕食の席は兄二人と私たち夫婦だけだった。
お義姉さんは自室で食事を摂っている。両親は数ヵ月前から決まっていた他国への訪問中で、今回はすれ違いだ。
気楽な顔ぶれだからか、会話も弾む。彼も、饒舌にはならないけれどリラックスしているのがわかった。
「カズマどの、ハヅキ兄はどうだった?リンの初恋の相手だぞ」
「えっ!?ミサキ兄さま、何言ってるの!」
唐突にミサキ兄さまが言い放った言葉に、私は飛び上がりそうになった。
隣では彼がナイフとフォークを持ったまま固まっている。
「カズマ様、誤解です!ミサキ兄さま、酔ってるの?適当なこと言わないで!」
「いやいや、だってリン言ってただろ。ハヅキお兄さまと結婚するって」
「!!??」
全く記憶になかった。
確かにハヅキお兄さまのことは大好きだ。兄二人を除けば故郷で一番親しい異性ではあるかもしれないけれど。
でも私は――
「カズマどのとは正反対だろ?ハヅキ兄は。リンがカズマどのにベタ惚れなのが最初は意外だったけどさー、まあお互いベタ惚れだから結局お似合いだったわけだけどほら、兄ちゃん的にはやっぱり面白くなかったっていうか、」
ミサキ兄さまはいまだに彼に対抗心というか、やきもちをやくようなことがたまにあって、今日もぐだぐだと語り始めた。
それには慣れているけれど、今回に限ってはそうもいかない。
「か、カズマ様……私、その、そんな記憶はなくて、あの……」
この場で私の気持ちを話すには恥ずかしすぎる。それに記憶がないのは本当だし、それを主張するしか方法はなかった。
「……別に、気にしていない」
と言いながら、彼の手はいまだに動いていない。
仮に初恋だったとしても今は私は彼しか見えていないのに。ミサキ兄さまもだからこそ平気であんなことを言うのだろうし――でも、やっぱりそんなこと、ここでは言えない。
と。
「最初はミサキと結婚すると言ってたんだろ、リンは。でも兄妹は結婚できないと聞いて『だったらハヅキお兄さまと結婚する』と言い出したんだよ。リンは単純だからな。ちなみに俺は『怒るからいや』と言われていたな」
それまで呆れ顔で黙っていたアオイ兄さまが口を開いた。
「仲の良かった貴族の娘にも『結婚する』と言っていた。まあ当時のリンの『結婚』なんてその程度の認識だろ。カズマどの、馬鹿正直に動揺しなくていいぞ」
「動揺、していたわけでは……」
「ほら!ミサキ兄さま!カズマ様!ねっ!?」
ばかにされた気がしなくもないが、ありがたい助け舟だった。
「そうだったっけか?確かに俺と結婚するって言ってたけど……初恋とともに捨てられたのかと思ってたぜ」
ミサキ兄さまも、冗談を言いながらも納得したようだ。
「だ、だいたい勝手にそんな風に話題に出されたハヅキお兄さまがかわいそうだよ。そりゃあ、ハヅキお兄さまみたいな人と結婚できるひとは幸せだろうなって思うけど」
「確かに。ハヅキ兄は嫁さんを大事にしそうだ。縁談も絶えないだろうに、まだ独身ってのはなあ、何でだろな」
そのとき彼の眉間に皺が寄っていたことに、私は気づいていなかった。
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