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「俺は別に、帰ってお前の顔を見ればだいたいのことは忘れられるんだが……」
さりげなく、とんでもないことを言いながら、彼は自分の両脚の間をぽんと叩いた。
ここに座れ、という合図。
恥ずかしさに一瞬ためらってから、ちょこんとそこに腰掛けると、後ろから彼が私の肩に顎を乗せた。
同時に両腕が、身体に絡みつく。
「悪口か、そうだな…………まず何よりあの男の顔が気に入らん」
「はい!」
「ヘラヘラヘラヘラしやがって。あの笑い方はすこぶる不快だ」
「はい!」
「服の趣味も合わん。派手な色が目障りだ」
「はい!」
「仮装パーティーじゃあるまいし、欝陶しいだけだ」
「はい!」
「食べ物を残すのも常識を疑う。だいたいあの男は好き嫌いが多過ぎるんだ」
「知らなかったけど……はい!」
私は、巻き付く彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「イリヤ殿下なんか、掃除したての床で滑ったところをみんなに見られたらいいんです!」
力いっぱい言い放つと、なぜかしばらくの沈黙があった。
そして。
「……お前と話していると、いろいろとくだらなく思えてくるな」
「ば、ばかにしてますかっ!?」
これでも私は真剣なのに、彼はやっぱり呆れているようだった。
「そうじゃない。褒めてるんだ」
「うそ!」
「ああ、違うか、褒めてるわけじゃない」
言いながら、彼の腕の力が強くなる。
後ろ頭にくちづけが落とされて、私は肩を竦めた。
「ただ俺が、お前のこと以外は考えたくなくなった、というだけの話だ」
「……!?なんでそうなったんですかっ!?」
私の悪口大会が彼には意味不明だったのと同じだろうか、彼の言うことの飛躍に私は全然ついていけなかった。
「そうだな、あの男がここに来るときは床をよく磨いておけと女官たちに言っておく」
「なんでそこで話を戻すんですか……!?」
噛み合わない会話を続けながら、他愛のない触れ合いも続く。
私の思いつきは、余計なお世話だったのかもしれないと、いろいろな意味で恥ずかしくなってしまった。
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