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「何であんな顔で笑えるんだ?取るに足らない、髪飾りを拾われただけで」
彼が、尋ねる。
耳元で、声を抑えて。
「……え……あの、ただ、気持ちが、嬉しかったから、だと思うんです、けど……」
心臓の音がうるさくて、自分が何を言いたいかもよくわからない。
何を聞かれているのかも、ぼやけているようで、とぎれとぎれに答えた。
「そうだろうな」
彼が、笑った気配がした。
気のせいかもしれないけれど。
「気持ちに答えが返ってきたのは、初めてだった」
彼は、つぶやくようにそう言った。
そして、
「触れてもいいか」
右手は私の髪に、左手は背中に、もうすでに触れているけれど、彼が言っているのはたぶん、その先。
いつもより、ずっとやさしい声で囁かれて、なぜか頭がくらくらした。
「あ、の……」
どうしよう。
どうしたらいいの。
答え方がわからなくて、彼を見上げる。
目が、まともに合った。
また、体温が上がる。
逃げられない、と思った。
その時、
「キャンキャン!」
ユキが、いきなり鳴いた。
「あっ、こらユキ!ソファひっかいちゃだめ!」
私は慌ててユキを抱き上げる。
ユキは嬉しそうに私の頬をなめた。
「あはは!くすぐったいよ!」
勢いよくしっぽを振るユキに、彼がじとりとした視線を送った。眉間にはしわ。
「……かわいくない犬だな」
「ちょっと、カズマ様!なんてこと言うんですか!……さっきユキ見てにやけてたくせに」
「にやけただと?過去を捏造するな」
そのまま、くだらない口喧嘩が始まってしまい、その後は何事もなかったかのように時間が過ぎた。
――だけど私は、ベッドで背中に感じる気配がいつもよりくすぐったくて、なかなか寝付けなかった。
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