▼ 53:幼い攻防戦
昼下がりの部屋。
午前中に今日しなければいけない仕事を終えていた私は、床でまるくなっている愛犬の隣に腰を下ろし、のんびりと過ごしていた。
「キャウン!」
「ふふっ、くすぐったい?」
ふかふかの白い毛に被われたユキの首筋をくすぐると、ユキは身をよじって小さく鳴いた。
そして、
「ひゃあっ!?」
私の頬をぺろりと舐める。
「くすぐったいってば、っひゃあっ!もうっ!」
肩を竦めて笑っていると、不意に背後から肩を掴まれた。
「わあっ!?」
そのまま、背中があたたかい胸にぶつかる。
「カズマ様?……わわっ!」
いつの間に後ろにいたのか、床にしゃがみ込んだ彼は、私を後ろから抱きかかえるかっこうのまま、私の顎を片手で上向かせた。
そしてハンカチでごしごしと右頬を拭う。
「カズマ様、あの……」
斜め後ろを見上げると、少しだけ不満そうな顔をした彼が、こちらを見下ろしていた。
「犬が起きているとうるさい。ちょっかいをかけるのはやめて寝かせておけ」
少し前に彼も珍しく早めに仕事を終えて、部屋に戻っていた。
本を読んでいたと思っていたのだけれど――
「もしかして、やきもち、ですか?」
冗談のつもりで言うと、彼はものすごく顔をしかめた。
ユキがちらりと彼の方を見た後に軽く鼻を鳴らす。
そんなユキに舌打ちをしてから、彼は私の頭を撫でた。
「犬をくすぐって何が楽しいっていうんだ」
撫でる手つきはやさしいけれど、眉間のしわは健在だ。
やっぱりほんとにやきもち?なんて考えて、私は少しだけ笑ってしまいそうになる。
そして、ちょっとしたいたずら心が、わきあがってきた。
「じゃあカズマ様をくすぐっていいですか?――えいっ!」
言ってから、私は振り返って彼に体重をかけた。
軽く尻餅をついてしまった彼の脇腹に手をのばし、こしょこしょとくすぐる。
「どうだ!まいったかー!」
しかし。
「……お前は何がしたいんだ」
呆れ顔の彼が、こちらを見ている。
「あれ?じゃあっ……こっちですかっ!」
今度は首筋を両手でくすぐるけれど、彼は相変わらずの表情だ。
「うう〜っ、じゃあこうだっ!」
私がくすぐられると弱いいろいろな場所をくすぐってみる。
それでも彼はびくともしなかった。
「〜〜〜っ!カズマ様、つまんないです!」
彼にのしかかった状態で、頬を膨らませる。
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