▼
――と。
彼の手が、私の腕を掴んだ。
「あ……」
力は込められていない。そのまま彼の方を向かされる。
「あ、の、カズマ様……」
彼は何も言わないまま、私を見下ろして髪をゆっくりと撫でた。
その目がなんだか嬉しそうで、私の鼓動はますます速くなってしまう。
「カズマ様……え、と……」
彼が額に、頬に、優しくくちづけを落とす。
私は、固まってしまったように動けないまま、彼をひたすら見上げることしかできない。
やっぱり、こちらを見つめる彼の瞳は、胸が痛くなるくらいに――
彼の両手が私の頬を包んで、びっくりするくらいにやわらかく、唇が重なる。
本当に、触れているだけの、くちづけ。
「…………っ」
いつもみたいな息ができなくなりそうなキスではないはずなのに、何故か足に力が入らなくなって、その場に膝から崩れ落ちてしまった。
それを見た彼がやっと、声を上げて笑った。
「お前は、ほんとに……」
まだ残る笑いを噛み殺すような顔で、彼が私の腕を引っ張る。
「夢を見ていたんだ。お前の」
「え……?」
唐突に言われて、私は目をまるくする。
「やけに幸せな夢だった。だが、どうやら夢じゃなかったらしいな」
「あ、あの……」
どんな夢ですか、とは恥ずかしくて聞けなかった。
彼は私の耳元で、
「あまり可愛いことをするな。いろいろと、困る」
そう囁くと、いつもの意地悪な笑顔を浮かべて寝室のドアを開けた。
彼はその後すぐに眠ってしまったけれど、私は当分、眠りにつくことができなかった。
prev / next
(4/4)