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「あ、カズマ様、お水飲みますか?喉、渇いたでしょう?」
用意していたグラスを差し出すと、彼はありがとうと言ってそれを受け取った。
彼が水を飲み干す。
「遅くまで出ていて疲れただろう。今日は早く寝……、」
そこで不意に、彼が言葉を止めた。
「カズマ様?」
不思議に思い、彼が無言で凝視している先を、私も見る。
すると、
「……あっ!!!」
一気に顔が熱くなった。
彼が口をつけたグラスの縁に、薄桃色の口紅が、微かに付いていたからだ。
帰って直接湯殿に行った、という言葉が嘘だという証拠。
そのとき私がしたことの、証拠。
グラスを置いて、彼が手の甲で唇を拭う。
そこにもわずかに、色が付いた。
「あ、の……あの……わた、私……っ」
何を考えているかわからない表情で、こちらを黙って見つめる彼を、まともに見られない。
いつもみたいに意地悪なことを言ってくれたら、言い返したり怒ったりして、この恥ずかしさを少しはごまかすことができそうなのに。
何か、言ってくれたらいいのに。
嫌だったのか、びっくりしているだけなのか、他に何か思っているのか、全然わからない。
「ごっ…ごめんなさい!!!」
耐え切れなくなって、私は彼に背を向けて寝室の方へ駆け出した。
なんてことをしてしまったのだろう。
恥ずかしい。
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