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そこで、ふと思う。
物語の眠れるお姫様は皆、王子様のキスで目を覚ます。
だったら、その王子様が眠っていたら――どうやって起こせばいいのだろう。
「……」
私は、二人以外誰もいないはずの部屋をきょろきょろと見回してから、何度か躊躇った後、眠る彼の唇に、キスをした。
彼が起きていたらめったに自分からなんてできないけれど、今なら。
重なった唇をゆっくりと離して、彼の寝顔をぼんやりと見下ろす。
と。
「ん……」
「……っ!」
彼が掠れた声を漏らして身じろぎしたから、私は慌ててソファから離れた。
怖ず怖ずと振り返ると、彼はまだ目を覚ましたわけではないらしかった。
「え、と……ええとっ!」
夫の寝込みを襲うような真似をした、ということに気付いて、私は逃げるように部屋から駆け出した。
似合っていると言われたから、このかっこうをしたままで彼に会いに行きたかった。
だけど彼は目を覚まさないから、少し寂しくて。
だから。
――どんな理由をつけてみても、ますます自分が恥ずかしくなるだけだった。
****
湯上がりと恥ずかしさでほてる顔をなんとか落ち着けてから、私は再び部屋に戻った。
彼が起きていたら喉が渇いているかもしれないと思って、水の入ったグラスを片手に。
だけど、彼はまだ寝息をたてていた。
さっきのことがばれていないことがはっきりして少し安堵したけれど、こんなに寝入っているなんて、疲れているのかもしれない。
ソファに背を向けて、そばのテーブルにグラスを置いた時。
「……もう着替えたのか」
いつもよりわずかに低い彼の声がして、私は振り返った。
上半身を起こして、少しぼんやりとした表情の彼がこちらを見ている。
「あ、た、ただいま帰りました。えと、服はその……帰ってそのまま湯殿へ行った、ので」
私は小さな嘘をつく。
「そうか」
彼は言いながら立ち上がる。
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