my beloved | ナノ


▼ 


バランスが崩れて、思わず彼の服を掴んでしまう。

左手は彼にとられたまま。

近いし、体勢がなんだかちょっと……


すると、彼が右手で私の頬に触れた。

体温が上がる。
それが彼にもばれているはず。


「か、カズマ様、嫌なことはしないんじゃ、なかったんですか……」

目を泳がせて私が尋ねると、彼は表情を変えずに言った。

「嫌ならやめるが。嫌か」

「嫌……というわけ、では……というか、あの……」

わりと無意識に、本音が出てしまった。

意外にも、嫌、ではなくて。
ただ、すごく落ち着かないだけで。


彼は、私の顎を軽く持ち上げる。
彼の視線から逃れられないように。


そして、彼が私を見つめたまま言った。

「初めて逢った時も、お前に礼を言われた」

「えっ」

「俺がお前の国に行った時だ」

私の知らない、彼と私の話をしているらしいと気付いた。

なぜか、初対面のはずの私との結婚を望んでいたと言った彼。

「商人に変装してお前の国に視察に行っていた」

「王子様が変装して視察って……」

「街娘に化けて、兄たちと遊んでいたお前にそんな顔をされる筋合いはない」

「なんで知って……!」

「王宮のことは最初に調べるだろう、普通」

確かに私は兄たちと、しょっちゅう街に下りていた。

『統治者は街の暮らしを知ってないと』という持論を展開していた彼らに、くっついて出かけていたものだ。

周りにはばれていなかったはずなのに、よりによって視察に来た王子様にばれていたとは。


「街で、お前が目の前を走って行った時、髪飾りが落ちた。安っぽい髪飾りだ。

それを俺が拾って追いかけた。

髪飾りを渡すと、お前は今日の昼間みたいに笑って『ありがとう』と言った。

俺は、その笑顔を自分のものにしたくなった」


「……え、それだけ、ですか」

思わず口に出すと、彼は眉をひそめた。

「もっとロマンチックなエピソードが欲しかったか」

「いえ、そうじゃなくて!……その、たったそれだけのことで、私を……?」

王子様なんだから女の人の笑顔なんて見慣れているだろうし、そんな些細なことで?と思うと、なんというか……身にあまる、というか。

「俺には『それだけのこと』じゃなかったから、今こういうことになっている」

そのことばに、彼との近すぎる距離を再び意識してしまう。

「あ、の、殿下……そろそろ離していただけると…」

「名前で呼べと言った」

「か、カズマ様、近いです……わっ!」

名前を呼ぶとその瞬間、また強く手を引かれ、彼の腕の中にすっぽりおさまってしまう。

「この流れで『離せ』はないだろう」

「っ!」

妙にやさしく私の髪を梳く彼の指に、ぞくりとした。

なんでこんなことになってしまっているんだろう。

prev / next
(2/3)

[ bookmark /back/top ]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -