▼ 今と未来(2)
目を覚ますと、朝だった。
いつベッドに入ったのかも、いつ意識を手放したのかも、よく覚えていない。
ぼんやりとしたまま身体を起こすと、ベッドの端に腰掛けていた彼が、こちらを振り返った。
読んでいた難しそうな本を閉じる。
「昨日は悪かった」
何の前置きもなく彼が言った言葉に、私は昨夜のことを思い出した。
「身体は大丈夫か」
「えっ、あっ、あの…はい……」
はだけた胸元にいくつか残る赤い痕に気付き、慌ててボタンを留めながら、私は何度か頷いた。
優しくはなかったけれど、乱雑に扱われたわけではない。
それに、彼をそうさせたのは、私だった。
「謝らなきゃいけないのは私の方です」
そう言うと、彼は軽く身を乗り出して、私の髪を撫でた。
「それは昨日聞いた」
「でも……私、自分のことばかりで……カズマ様に嫌な思いをさせてしまいました。あの、私……」
昨夜、崩れ落ちそうな意識の中で見つけた思いを、必死でたぐりよせて、何とか彼に伝えようとする。
だけど、私がそれを言葉にするより先に、彼が口を開いた。
「不安になるな、とは言わない」
「え……?」
「不安になっていい。それを隠そうとするな」
彼は、髪を撫でていた手を、私の肩に置いた。
「不安になったら、いくらでも俺を問い詰めればいい。いくらでも答えてやる。お前の不安がなくなるまで、いくらでも」
昨日あんなに揺らいでいた瞳には今、その影もなくて、彼は私をまっすぐに見つめている。
「未来が今この瞬間よりも大切だとは、俺は思わない。ただ、ひとつだけ言えるとしたら」
彼は、表情を変えないまま言った。
「お前は一生、俺のそばにいたいと願っていればいい」
目を見開いた私の頬を、彼のてのひらが包み込む。
「お前の願いを叶えるのは俺だ。お前が今、願うことがあるなら、俺がそれを叶える。未来は『今』の繰り返しだ。未来が欲しければ、今だけ見ていろ」
今だけ、そう言いながらも彼は、私に未来をくれようとしている。
それはとても、彼らしい方法だと思えば、自然と笑顔がこぼれた。
「……はい、カズマ様」
彼がくれた言葉の全てが、心にすとんと落ち着く。
そして、私が彼に伝えたい言葉も、その瞬間に、見えた気がした。
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