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好きなものに囲まれて、優しいひとたちに守られ
てきた私自身を、恥じたことはない。幸せであることを、後ろめたく思ったこともない。
けれど。
私の『愚かさ』は、幸せであることに甘えてきたから、なのかもしれない。
もしも想いを返してもらえなくなったとき、『幸せ』というものがなくなってしまったとき――こんな私に、何の価値があるのだろうか。
彼にもらえる愛情だけを支えにして生きている私は、とても贅沢で、そして心もとない。
私が弱いからこそ、イリヤ王子は私に興味を抱いた。
彼に釣り合わない、彼にふさわしくない――イリヤ王子の目にはそう映る妃を、なぜか彼が大切にしている、ということに。
私が彼に釣り合うような妃になれるのならば、あのひとの私たちへの関心も、きっと薄れていくはずだ。
それは、彼を守ることにも繋がるはずなのに――そうなれない私は、ただ『貴方から離れたりしない』と誓うことしかできない。
「そうやって俺を閉め出して、お前は俺の未来を勝手に決めつけるつもりか」
暗い沼に溺れかけていた私の思考を、彼の怒りを含んだ声が、ぶつりと途切れさせた。
「そん、なつもり、じゃ……」
思ってもみなかった言葉に、私はたじろぐ。
だけど、それは、彼の言うとおりなのかもしれなかった。ますます自己嫌悪が私を襲う。
「例えお前が何も持っていなかったとしても……そんなことはどうでもいいんだ」
彼らしくないため息混じりの声に、私が顔を上げると、こちらを見下ろす彼の瞳が、揺らいでいるような気がした。
そのことに、私も動揺する。
「だけど、私は……」
言いかけたけれど、何を言おうとしていたのか、わからなくなった。
見たこともないくらい苦しそうな表情を浮かべた彼が、息もできないくらい強く、私を抱きしめたからだ。
「――どうすれば伝わる?」
彼の声が、直接耳に響く。
いつもの、私を溶かしてしまいそうな低くて甘い声ではなくて。
まるで何かに縋り付くような、余裕のない声。
「言葉が欲しいならいくらでも言ってやる。態度で示せと言うならそうする。どうすればこの想いを全部、お前に伝えられる」
もう一度そう繰り返した彼は、さらにきつく、腕に力を込めた。
まるで縛られているような、錯覚に陥る。
「誰の目にも触れない場所へ、お前を連れて逃げれてしまえたらと、俺以外の誰もその目に映してほしくないと――そう願ってさえいることを、どうすれば……」
肩に顔を埋められているから、彼がどんな顔でそう言ったのかはわからない。
だけど、彼の声が、震えているような気がして――私は彼に、とんでもないことを言わせてしまったのだと気がついた。
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